ep.3 出会い③
そんな二人の不毛なやり取りの間に入ったのは、バーテンダーだった。
「このオオカミは元からこんなこっわーい形相してるんだよ。だから気にしなくていいんだよ」
「そ、そうです……か?」
「ずっとそういってんだろ! 気にせずに飲め飲め!」
バーテンダーとロウに言われ、優太は漸く椅子に座った。
「全く。どっちかというと、迷惑なのはロウの方だよ。来るお客さんお客さん、みーんなビビらせちゃってさ」
「うっせぇ。この顔つきは元々だからしゃあねぇだろ」
ロウは優太の後ろを通り、一番端っこの席に座ると、「取りあえずビール」と言った。
「ごめんね、優太くん。怖がらせちゃって。このオオカミにはキツーくお灸を据えておくから」
「いえ……あの、それより俺、名前言いましたっけ……?」
「うん? ああ、まぁ聞いてないけど分かるよ」
バーテンダーは何やらかき混ぜながら、よく分からないことを言った。
名乗っていないのに名前がわかるって、どういうことなのだろう?
「どうして……」
その疑問に答えたのは、バーテンダーではなく、ロウだった。
「おいおい、九条。この店がどんな店だとか言ってねぇのかよ」
「うん。まぁね。言うつもりもなかったし。でも、一般のお客さんを怖がらせたお詫びに、君にはお灸を据えなきゃいけないよね」
「え、おい、やめろ!」
何故かロウが激しく慌て出し、逃げようと試みだした。しかし、ロウはその席から動くことはなかった。
「おい、九条! てめぇまた術かけやがったな!!」
「逃げられないようにはそうするしかないでしょ」
優太は訳の分からないまま、そんな二人の様子を見守った。
やがて、「離せ!」「早く解け!!」と騒いでいる狼の元に、クープグラス(平たくて丸いグラス)に入った黄色いお酒がロウの目の前に置かれた。
「優太くん、このお店のことで、ひとつ言い忘れてたことがあるんだ」
「え……」
「このお店はねぇ……」
バーテンダーがそこまで言ったところで、ロウの「うわぁぁぁ!」という叫び声が聞こえてきた。
優太が慌ててそちらを見ると、そこにいたはずのロウがいなかった。
いや、正確には、ロウではない何かはいた。
耳の生えた頭に、鋭い牙。毛むくじゃらの身体には、先程までロウが着ていたスカジャンが今にもはち切れそうになりながらもくっついている。
「ここはね、人外……つまり、゛あやかし゛が集まるバーなんだよ」
「あや……かし……?」
「このロウは、狼男。黄色くて丸いものを見るとオオカミに変身するんだよ」
バーテンダーがそう言いながら狼男──ロウの体をポンポンと叩くと、ロウが恨めしそうに「ヴヴヴヴ……」と唸った。
「珍しい、人間のお客さんをビビらせてしまった罰だよ」
バーテンダーのその言葉で、優太は思い出した。
優太がここに来てすぐ、バーテンダーが優太を見て「珍しいね」と言ったことを。
「バ、バーテンダーさんが珍しいねって言ったのって、もしかして……」
「そ。人間のお客さんなんて珍しいねって意味だよ」
優太は絶句した。
──お客さん自体が珍しいんじゃなくて、俺という存在が珍しかったのか……!
そりゃあ、珍しいって言うわけだ。
「じゃあ、もしかしてバーテンダーさんも……?」
「うん、そうだよー」
バーテンダーがそういうと、バーテンダーの後ろから白い何かがヒョッコリと顔を出した。
いや、違う。顔じゃない。
あれはふさふさの尻尾だ。しかも、九尾。
そして、キツネ顔のバーテンダーの頭には、耳。まさか……。
「九尾の狐……」
「そ。せーかーい☆」
優太の世界がグルグルと回る。
頭がついていかない。ていうか、信じられない。
「あやかし」という者の存在は知っていたけれど、それは都市伝説的な感じで現実に存在するとは思ってもいなかったし、それより何より、そんな者たちが集まるバーに、自分が足を踏み込むなんて思ってもみなかった。
狼男……九尾の狐……化物……妖怪……あやかし……。
色んな苦悩があったといえど、それでもここに比べたらごくごく普通の生活を送ってきた優太の頭は、一気にキャパオーバーした。
「「あ」」
ロウとバーテンダーが気づいたときには、もう遅かった。
ガターン!!
優太は重力に従って、けたたましい音を立てて椅子から落下した。
「……あー、刺激が強かったかー」
「お前のせいだぞ! 九条!!」
それが、優太が聞いた最後の言葉だった。