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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
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ep.0 寒い日に

「あやかしBarへようこそ」番外編です。


こちらでこちらの作品は完結登録させていただきました。

が、まだお話は続くので、近いうちに新しく2部のブックを作成して連載を始めたいと思っております。

よろしくお願いいたします。


 ──とても、寒い日だった。


 僕は、強い吹雪の中をヨロヨロと歩いていた。


 仕えていた神様の社が壊われたのは、ほんの数刻前の事だった。

 少しでも崩壊を食い止めようとして出来た傷がズキズキと痛む。それでも崩壊を止められず、僕は帰る先も、仕えるべき先も失った。



 痛い。寒い。痛い。寒い。痛い。悲しい。



 耐えきれずに僕はその場に崩れ落ちた。


 回復しようにも、只でさえ少ない妖力は社を守ろうとしたときに全て使ってしまっていて、もう残っていなかった。


 僕は、ここまでなのかもしれない……。


 そう、覚悟を決めた、その時だった。



「わぁ、しろいきつねさんだ!」



 雪だらけの中、突如聞こえてきた子供の声に、僕は顔を上げた。


 そこには、六才くらいの男の子が立っていた。


「あれ、けがしてるの? だいじょうぶ??」


 まだ幼いのに、この子は一体どこから来たのだろう。


 僕は視線を走らせた。

 しかし、子供の周りに親らしき人はいない。


「きつねさん? どうしたの……くしゅっ!」


 子供はくしゃみをし、体を震わせた。


「ぼくはね、まいごになっちゃったんだ。きつねさんも?」


 迷子。


 こんな、真っ白な景色の中で、子供一人で、迷子。


 僕の頭の中に、最悪の事態が駆け巡った。


「きつねさん……さむいね。だいじょうぶ?」


 死なせてはいけない。


 僕はそう、思った。


 この、一人で死に逝くはずだった僕を見つけ、声を掛け、自分も寒いはずなのに僕のことを心配してくれるような優しい子を、死なせてはいけないと、そう思った。


「きつね、さん……?」


 残り少ない妖力で、人間がいそうな方向を探る。


 ……あっちか。


 僕は震える足で立ち上がり、子供の服の裾を噛んでそのまま引っ張った。


「き、きつねさん、どうしたの? けがはだいじょうぶなの?」


 時々雪に足を取られて転びそうにながらも僕ことを心配し続けてくれる子供を、僕は引っ張り続けた。



***


 やがて、辿り着いたのは山の麓にある旅館の前だった。


「ここ! ぼくがおとまりしてるとこだ!」


 ただ、人がいる方へと来ただけだったが、運よく子供が泊まっている場所に辿り着いたらしい。


「ゆうた!!」


 丁度その時、旅館の中から女の人が飛び出してきた。


「ママ!!」


 その女性に向かって、子供は駆けていった。


「何処にいってたの! 心配したのよ!!」


 子供の母親……か。


 ──よかった……。



 僕は、安心してその場に寝転んだ。


「きつねさんがね、ここまでつれてきてくれたんだよ!」

「きつねさん?」

「うん! あそこにいる……きつねさん?」


  死ぬ前に、あの子供を助けられて、本当に良かった……。


「きつねさん! きつねさん!」


 子供の声を聞きながら、僕は目を閉じた──……。


 しかし、目を開けると、そこは天国ではなかった。


 いや、狐の逝き先が天国なのかどうかはしらないけど。


 天国にせよ、何にせよ、ここがあの世ではないことは分かった。

 だって、僕は檻に入れられていたから。


「全く。野生の動物は危ないから気を付けなくてはいけないよ」


 何処からともなく会話が聞こえてくる。


「ごめんなさい……」


 何人かの大人たちの声に混じって聞こえてきたその声に、僕は反応した。

 痛む尻尾を庇いながら立ち上がり、檻の外を見てみると、そこにはやはり、あの子供がいた。


「あ、きつねさん!」


 何やら怒られている様子の子供だったが、僕の姿を見ると、元気な声を上げ、僕に駆け寄ってきた。


「おいしゃさんになおしてもらったから、もうだいじょうぶだからね!」


 子供は檻を握りしめながら、僕に向かって笑いかけた。

 ……ああ、僕はやっぱり、この子を助けて正解だったんだ。


「こら! 今気を付けなさいと言ったばかりだろう!」


 子供は後ろからやってきた大人に首根っこを掴まれ、僕の檻から引き離された。

 可哀想だけど、大人が言うことも分かるので、僕は黙って見守った。

 子供はそのまま部屋の外に連れ出されていってしまった。


「にしても、君は運が良かったね」


 子供を部屋から出し終え、戻ってきた大人が僕の檻を覗き込みながら言った。


「もしも君があの子と出会わなかったら、もしも君があの子を助け、あの子が君を治せと喚かなかったとしたら。君、死んでしまっていたよ」

「……」

「あの子を人の許に連れてきてくれてありがとう。本当に感謝してる。でも、あの子が君のことを助けたと言うことも覚えておいてほしい」


 勿論、忘れるわけなんてなかった。

 あの時、尽きたと思った命があるのは、あの子が僕を見つけてくれたからだと言うことも、この胸にある温かな気持ちを知ることが出来たのはあの子の優しさのお陰だということも、帰る先を失い、独りになった寂しさを紛らわせてくれたのはあの子なのだということも。


 だから、僕はあの子に迷惑をかけない。


 暴れず、大人しく治療をしてもらって、大人しく山に帰る。


 それで、あの子に恩返しを出来るように頑張る。


 そしてあの子が僕に声を掛けてくれたように、今度は僕が声を掛けよう。

 あの子が、孤独なときに。人生に迷ったときに。


 温かく声を掛けて、助けよう。


 あの子が──ゆうたくんが、優しさで僕を救ってくれたように。



 僕は、そう心に決めた。



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