ep.27 エピローグ
とても、星空が綺麗な夜だった。
月明かりが道を照らし、進むべき道を示してくれているようだった。
霧島優太はそんなことを思いながら、その道を一歩一歩、確かめながらゆっくりと、でもしっかりと歩いた。
──こうして、自分の足で歩けるようになるまで、随分と時間が掛かってしまった。
あれからすぐに目を覚ました優太は、まず、事故で出来た傷の痛みに襲われた。
三ヶ月が経ち、ある程度の傷は治っていたが、深い傷や骨折や打撲の痛みが残っていて、思わず「痛っ!」と声をあげそうになった。
しかし、まさかそれすら出来ないなんて、優太は思ってもいなかった。
三ヶ月もの間口を動かさなかった結果、舌や喉、更には腕や足の筋肉が固まったり弱ったりしていて、暫くの間は声を出すことも一苦労で、歩くことに関しては全くできなくなっていた。
「目覚めたのが奇跡なほど酷い怪我だったのに、体力が全く低下していなかったのは本当に奇跡的で、驚かざるを得ません。ですが、それとこれは別です。筋力の低下だけではなく、怪我のこともあるので恐らくは、歩くことはもう……」
目覚めてすぐに医者にそう宣言されたが、しかし九条の賄いのお陰で体力が有り余っていた優太は諦めず、医者の制止を振り切って目覚めた一週間後からリハビリを続けた。
痛みと思うようにできない不甲斐なさで、何度も泣いた。でも、諦めようとは思わなかった。
全ては、また会うために──……。
と、そんな感じで、生きると選択するまでにかかった時間が想像以上に足を引っ張り、優太を苦しめた。
しかし「生きる」という選択をしたことを、優太は後悔していなかった。
病院にいる間、沢山の人の想いや、優しさを知ることが出来たからだ。
「お父さんね、優太の事を心配してるのよ」
痛みとリハビリに耐え、漸く少しだけ歩けるようになった頃、母親が優太に肩を貸しながら言った。
「ホラ、昔、優太が雪山で迷子になったことがあったでしょ? あれ以来、過保護になっちゃってるのよ。でも、会社をクビになったのに相談もできなかったなんて……って。心配してるはずなのに逆に優太を追い込んでたんだなって、反省してるわよ」
優太は、初めて父の想いを知った。
いつも厳しくて、あれもこれもダメ、会社はいいところに入れと言っていた父。
それが、全て優太を心配するあまりだっただなんて……何とも不器用な父親だなと優太は思った。
「だから、大丈夫だから、いつでも帰ってきなさい」
母は優しい声で、そう言った。
しかし、優太はそれに首を振った。
「ごめん、俺、実家には帰らないよ」
「そう……」
「でも、ちょくちょく顔を出しに行くようにするよ」
優太がそう言うと、母は嬉しそうに笑った。
母親以外にも、前の会社の上司が見舞いに来てくれた。
その際に優太を裏切った同僚の悪事が露見した、霧島は悪くないのに疑ってクビにして悪かった、お願いだから戻って来てほしいと頭を下げられたが、優太は「やりたい事が出来まして」と、それを丁重に断った。
それでも、上司は優太の具合が心配だからとちょくちょく遊びに来てくれた。
他にも病院の看護師さんや、他の患者さんたちが優太に声をかけ、助け、支えてくれたお陰で、優太は不自由なく歩けるほどまでに回復した。
そして一ヶ月前に退院し、実家療養生活を送り、そして今日、綺麗に片付けられた自宅に戻ってきたところだった。
Barを出たあの日から、一年半が経とうとしていた。
大通りを暫く歩いたところで足を止め、方向を変えた。
そこには、通い慣れた路地があった。
ここにきて、優太の心臓がバクバクと音を立て始めた。
緊張で、指先がジンジンと痺れている。
優太は大きく深呼吸をし、自分に「大丈夫」
と言い聞かせた。
「会いたいと願っていれば、会えるから、大丈夫」
意を決して優太は再び、足を踏み出した。
足を踏み込む度に、心臓の音が大きくなっていく。
──怖い。
出来れば、ここで足を止めてしまいたい。
だけどその気持ちに反して、足は早くなっていく。
──どうしても、会いたいんだ。
九条に、皆に、もう一度。
会いたい。
「──あっ……!」
そこには、見慣れた煉瓦造りの建物に、緑色のドアがあった。
そして、そのドアの横には見覚えのない、
『あやかしBar 陽ーyouー』
と書かれた木製の看板が掲げられていた。
やはり自分の想いなどお見通しらしい、と優太はその看板を見て、思った。
優太は堪らず、ドアへ駆け寄った。
そして震える手でドアノブを掴み、そしてそのまま躊躇うことなく、そのドアを開けた。
「いらっしゃい」
そこには、陽だまりのような温かな空間が広がっていた──。
 
END
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!これで1部は完結です。
少し間を置いてから、この続きで2部を更新します。
その際はまた、よろしくお願い致します。 渡井彩加
 




