表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
27/28

ep.27 エピローグ


 とても、星空が綺麗な夜だった。


 月明かりが道を照らし、進むべき道を示してくれているようだった。



 霧島優太(きりしまゆうた)はそんなことを思いながら、その道を一歩一歩、確かめながらゆっくりと、でもしっかりと歩いた。


 ──こうして、自分の足で歩けるようになるまで、随分と時間が掛かってしまった。



 あれからすぐに目を覚ました優太は、まず、事故で出来た傷の痛みに襲われた。

 三ヶ月が経ち、ある程度の傷は治っていたが、深い傷や骨折や打撲の痛みが残っていて、思わず「痛っ!」と声をあげそうになった。


 しかし、まさかそれすら出来ないなんて、優太は思ってもいなかった。


 三ヶ月もの間口を動かさなかった結果、舌や喉、更には腕や足の筋肉が固まったり弱ったりしていて、暫くの間は声を出すことも一苦労で、歩くことに関しては全くできなくなっていた。


「目覚めたのが奇跡なほど酷い怪我だったのに、体力が全く低下していなかったのは本当に奇跡的で、驚かざるを得ません。ですが、それとこれは別です。筋力の低下だけではなく、怪我のこともあるので恐らくは、歩くことはもう……」


 目覚めてすぐに医者にそう宣言されたが、しかし九条(くじょう)の賄いのお陰で体力が有り余っていた優太は諦めず、医者の制止を振り切って目覚めた一週間後からリハビリを続けた。

 痛みと思うようにできない不甲斐なさで、何度も泣いた。でも、諦めようとは思わなかった。


 全ては、また会うために──……。


 と、そんな感じで、生きると選択するまでにかかった時間が想像以上に足を引っ張り、優太を苦しめた。



 しかし「生きる」という選択をしたことを、優太は後悔していなかった。


 病院にいる間、沢山の人の想いや、優しさを知ることが出来たからだ。


「お父さんね、優太の事を心配してるのよ」


 痛みとリハビリに耐え、漸く少しだけ歩けるようになった頃、母親が優太に肩を貸しながら言った。


「ホラ、昔、優太が雪山で迷子になったことがあったでしょ? あれ以来、過保護になっちゃってるのよ。でも、会社をクビになったのに相談もできなかったなんて……って。心配してるはずなのに逆に優太を追い込んでたんだなって、反省してるわよ」


 優太は、初めて父の想いを知った。

 いつも厳しくて、あれもこれもダメ、会社はいいところに入れと言っていた父。


 それが、全て優太を心配するあまりだっただなんて……何とも不器用な父親だなと優太は思った。


「だから、大丈夫だから、いつでも帰ってきなさい」


 母は優しい声で、そう言った。

 しかし、優太はそれに首を振った。


「ごめん、俺、実家には帰らないよ」

「そう……」

「でも、ちょくちょく顔を出しに行くようにするよ」


 優太がそう言うと、母は嬉しそうに笑った。


 母親以外にも、前の会社の上司が見舞いに来てくれた。

 その際に優太を裏切った同僚の悪事が露見した、霧島は悪くないのに疑ってクビにして悪かった、お願いだから戻って来てほしいと頭を下げられたが、優太は「やりたい事が出来まして」と、それを丁重に断った。

 それでも、上司は優太の具合が心配だからとちょくちょく遊びに来てくれた。


 他にも病院の看護師さんや、他の患者さんたちが優太に声をかけ、助け、支えてくれたお陰で、優太は不自由なく歩けるほどまでに回復した。


 そして一ヶ月前に退院し、実家療養生活を送り、そして今日、綺麗に片付けられた自宅に戻ってきたところだった。



 Barを出たあの日から、一年半が経とうとしていた。



 大通りを暫く歩いたところで足を止め、方向を変えた。



 そこには、通い慣れた路地があった。


 ここにきて、優太の心臓がバクバクと音を立て始めた。

 緊張で、指先がジンジンと痺れている。


 優太は大きく深呼吸をし、自分に「大丈夫」

と言い聞かせた。


「会いたいと願っていれば、会えるから、大丈夫」


 

 意を決して優太は再び、足を踏み出した。


 足を踏み込む度に、心臓の音が大きくなっていく。


 ──怖い。


 出来れば、ここで足を止めてしまいたい。

 だけどその気持ちに反して、足は早くなっていく。



 ──どうしても、会いたいんだ。



 九条に、皆に、もう一度。



 会いたい。





「──あっ……!」



 そこには、見慣れた煉瓦造りの建物に、緑色のドアがあった。


 そして、そのドアの横には見覚えのない、

 『あやかしBar 陽ーyouー』

 と書かれた木製の看板が掲げられていた。



 やはり自分の想いなどお見通しらしい、と優太はその看板を見て、思った。



 優太は堪らず、ドアへ駆け寄った。



 そして震える手でドアノブを掴み、そしてそのまま躊躇うことなく、そのドアを開けた。



「いらっしゃい」



 そこには、陽だまりのような温かな空間が広がっていた──。



             END


 


 


 

ここまでお読み下さり、ありがとうございました!これで1部は完結です。

少し間を置いてから、この続きで2部を更新します。

その際はまた、よろしくお願い致します。 渡井彩加

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ