ep.26 また会える
店が揺れると同時に、ドアがガンガンと音を立てた。
死神が、もうすぐそこまで来ている。
「ユタくんが『生きたい』と願えば戻れるように、僕らに『会いたい』って強く願えば……ね」
止めどなく溢れ出す涙を拭い、優太は皆の顔を見た。
優太の事を想ってくれる大切な仲間は皆、温かい笑顔を浮かべてくれていた。
「……皆さん、ありがとうございます。俺、絶対に、また会いに来ますから」
優太は裏口に繋がる厨房の方を見た。
走って、出ていって、病院に行くまでの経路を頭の中で復習する。
「だから……」
そこまで優太が言ったところで、ドアが耐えきれずに開いた。
そこには、真っ黒すぎるくらいの黒い、人形の影が立っていた。
服も、髪も、顔も全てが黒すぎて、どこからどこまでが体で、どこが頭なのかの判別もつかないくらいの、黒。
──あれが、死神。
「ユタくん! 走って!!」
その声に振り返ると、真っ白な九尾の狐が、そこにいた。
初めて見る、九条の狐の姿はとても神々しかったけれど、そんなことを言っている場合ではない。
「『よう』!!」
優太は叫んだ。
「この店の名前!! 太陽の陽で、『陽』!!」
それに、狐姿の九条がゆっくりと振り返って、言った。
「『陽』……か。素敵な名前だ。──ありがとう、優太くん」
店内に、黒い影が入ってくる。
優太はそれから逃げるようにして、厨房に入った。そしてそのまま裏口のドアを開け、外に飛び出す。
背後から何かが割れるような音が聞こえたけれど、気にせずに優太は走った。
九条が、ロウが、マオが、天が、雪が、きっと、優太を守ろうとしてくれている。
だから、優太は全力で、病院に向かった。
***
優太は自分が眠るICUの前に立っていた。
ガラスの向こうでは、優太が沢山の管に繋がれ、眠っていた。
そしてその傍らでは母親が、祈るようにして優太の手を握ってくれている。
──あぁ。俺は……。
優太はそっと中に入り、母親を見た。
「ごめんね、母さん……」
こんなに、心配してくれているのに。
こんなに、祈ってくれているのに。
それなのに、優太は『生きたくない』なんて思ってしまった。
でも、もう大丈夫だ。
「俺は、生きたい」
九条が、大丈夫と言ってくれたから。
皆が、笑顔で送り出してくれたから。
きっと、じゃない。
絶対に、大丈夫だから。
「俺は、生きたい!」
優太がそう叫ぶと、目の前が、真っ白になった。
ぬるま湯のような優しい温かさが、体を包んだ。
──ああ、そうだ。これが、生きている体温だ。
優太はその心地よさに、身を委ねた。
──大丈夫。また、会えるよ。……強く願えば。
九条の言葉を思い出したのを最後に、優太は自ら、意識を手放した。




