ep.24 優太の真実
***
優太は、見慣れたBarのドアの前に立っていた。
時刻は深夜零時。
きっと中には、皆がいるだろう。
もしかしたら、追い返されるかも知れない。
もう辞めた者なのだからと、辛辣な態度を取られるかもしれない。
それでも、優太はどうしても九条に、皆に会いたかった。
優太は覚悟を決め、静かにドアを開けた。
「いらっしゃい」
何故か優太が少し前までしていたように、前髪をちょんまげに縛った九条が、カウンターの中から迎えてくれた。
そしてその前にはいつものように、手前から天、二つ隣に雪、その二つ隣にマオ、その隣にロウが座っていた。
たった二、三日しか経っていないのに、凄く懐かしい仲間と再会したような感覚に襲われ、思わず涙が溢れだしそうになった。
でも、今は泣いている場合ではなかった。
優太は涙を拭くの袖で拭い、改めて皆を見た。
皆、同じように優太を見ていた。
「……来たね、ユタくん」
追い返されるかもしれないと思っていたのに、九条はいつもの温かい声で、優太を呼んだ。
「……はい」
優太は、声が震えていることを自分でも感じた。
もう、答え合わせはしたはずなのに、まだ怖れている自分が、何だか滑稽で、少しだけ笑った。
すると、九条も笑った。
「気付いたんだね?」
「……はい。さっき、母親について病院にも行ってきました」
優太の脳裏に、数時間前に見たばかりの光景が思い浮かんだ。
あの後優太は、部屋の片付けをした母親の後についていった。
そして行き着いた先は、この町で一番大きな病院だった。
通い慣れた様子で歩いていく母の隣を歩き、辿り着いたのはICU……集中治療室だった。
そこには、沢山の管に繋がれた男性が眠っていた。
その男性は、紛れもなく、優太本人だった。
「お墓じゃなくて、良かったですけどね」
「確かに」
ロウと、マオと、天と雪は、黙って九条と優太の会話を聞いていた。
「俺、ベッドで眠る自分を見た瞬間に思い出しました。ここに初めて来たあの日の夕方に、俺、トラックに跳ねられてたんですね」
「うん」
「……何で、言ってくれなかったんですか」
「だって、僕から言ったって信じきれないでしょ?」
九条は優太の目を真っ直ぐに見て言った。
「君は生き霊なんだよって言われてもさ」
その直接的な物言いに、優太は笑った。
「そうですね」
「ユタくんには、しっかりと自覚をしてもらう必要があったんだよ。自分の正体を、自分の状況を」
「それで、俺を母親に会わせたんですね」
「ユタくんのお母さんがいつ部屋に行くか分からなかったんだけどね。思いの外早くて良かったよ」
その時、突然、店自体がガタガタッと揺れた。
うっかり転びそうになったのを堪えつつも、もうひとつ、疑問に思っていることを、優太は九条にぶつけた。
「ここに来なくていいって言ったのと、俺が生き霊なのとは関係があるんですか」
「あるよ」
「この揺れとも?」
「うん。大いに……ね」
九条はドアに目を向けた。
「ユタくんにとって、とても危険なお客さんがいるんだ」
「危険な……」
「そう。聞いたことあるでしょ?」
『死神』って。
そう、九条は静かに言った。
「……死神が、俺を迎えに来てるってことですか?」
「そゆこと」
九条はニコリと笑ったけれど、優太は笑えなかった。
「ずっと、結界を張って、ユタくんの本当の名前を隠して分からないようにしてたんだけどねぇ。流石に三ヶ月が限界だったみたい」
優太は、前に何で皆して「優太」ではなく「ユタ」と呼ぶのかと思ったことがあった。
そういうことだったのか、と腑に落ちるのと同時に、優太にはある考えが浮かんだ。
「もしかして、他にも何かしてくれたんですか?」
「うん、まぁね」
「どう言うことをしてくれていたのか、聞いてもいいですか?」
「うーん、本当はこういうことは言うべきじゃないと思うんだけど。もう隠してる必要もないから教えてもいいけどさ」
「教えてください」
優太がそう言うと、九条は自分の頭に付いているヘアゴムを指さした。
「例えば、このヘアゴム。ユタくんにずっと付けてて貰ったことによって、ユタくんの気配みたいなのがこれには付いていてね。それをこうして僕が付けることによって、この三日間、ユタくんがここにいるっていう錯覚をさせてたんだ」
「じゃあ、家にまで死神が来なかったのって……」
「ユタくんがここにいると思って、ずっと店の近くにいたよ」
それと、と九条は続けた。
「やっていたことと言えば、賄いかな。あれに、僕の妖力を注ぎ込んでた」
「俺が出勤途中とか無事だったのは……」
「っていうのもあるし、食べたものがユタくんの本体の栄養にもなるようにね。ご飯、前より沢山食べれたでしょ? あれ、ユタくん本体が栄養を必要としてたからなんだよ」
「大食いになったわけじゃなかったんですね」
「あと、ユタくんにコンビニとか行かせるわけにはいかなかったから、大量に食べさせてたってのもあるけどね」
「他の人には見えないからですか」
「そゆこと」
優太はここで過ごしていた日々の事を思い出していた。
何気ない日々だと思っていたけれど、本当は優太は、ずっと、九条や皆に守られていたのだ。
「……じゃあ、何でもっと早くに俺に戻れって言わなかったんですか。ずっと守り続けるのも大変だったはずなのに……」
「それはね……」
再び、店がグラグラと揺れた。
先程よりも揺れが強くなっている。九条は何も言わなかったが、死神が近づいてきているんだと、優太は悟った。




