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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
22/28

ep.22 突然の


「ユタくん、もうここに来なくていいよ」



 九条(くじょう)にそう告げられたのは、Barで働きはじめて三ヶ月程経った、ある日の営業後。

 いつものように楽しく仕事を終え、優太が賄いを食べ終えて帰ろうとしていた時のことだった。


「……え?」


 優太(ゆうた)は九条が何を言ったのか分からずに、思わず聞き返した。

 聞き取れなかったのではない。

 意味が分からなかった(・・・・・・・・・・)のだ。


「もう、ここには来なくていいから。今までお疲れさま」


 二回目のその台詞を聞いて、優太は漸くその意味を理解した。

 でも、それは到底信じられない……信じたくないことだった。


「……それって、」 


 十秒くらい経って、優太は乾いた口を無理矢理開けた。



「それって、クビってことですか……?」



 九条は、何も答えなかった。


 けれど、もうそれだけで、充分だった。


「……お疲れ様でした」



 本当は、聞きたいことが沢山あった。


 何故なのか。


 どうしてこんなに突然なのか。


 自分の何処がいけなかったのか。


 しかしその質問たちは、聞いて、答えを得ても、もう既に意味のないものたちに思えた。



「……大変、お世話になりました。ありがとうございました」



 すべての疑問を飲み込み、優太はそう言って、九条に頭を下げた。



「あ、そうだ。その前髪結んでるヘアゴムは置いていってね。僕のだから」


 九条は何やらお酒を作りながら、優太を見ずにそう言った。


「はい」


 優太は前髪を結んでいたヘアゴムをカウンターの上に置き、そのまま店を後にした──……。


 

 ***


 優太が目が覚ますと、そこには見慣れた古い天井があった。


 しかし、眠っていたわけではなかった。


 ──もう、ここに来なくていいから。


 九条の言葉が頭の中で思い起こされ、それと交互にあのBarでの思い出がちらつき、眠ることなんて到底できなかった。


 ──何で。


 九条の言葉と思い出が巡る頭の中で、優太は考えた。



 自分は何をしくじったのだろうか。



 (てん)の事だろうか。天の前で、泣いて自分のことを語ったりしたから。


 マオの事だろうか。マオの唇に圧倒されて、気絶したりしたから。


 (ゆき)の事だろうか。ロウに抱き締められないと凍死してしまうような弱い奴に、愛想を尽かしたのだろうか。


 吸血鬼の事だろうか。不用意に近づいたりしようとしたから。


 それとも、最初っから、ただ揶揄(からか)われていただけだったのだろうか。

 そもそも、出会って早々に倒れたような奴をスカウトすること自体、おかしな話だ。九条も人の形をしているとはいえ、本来は狐なんだし、あり得なくもない。


 狐を信じた、自分がいけなかったのだろうか。


 そんな考えが次々と思い浮かんでは、シャボン玉みたいに消えていく。


「……うっ」


 優太は布団にくるまって、泣いた。


 仕事をクビになったくらいで泣くなんて、情けないとは思った。



 でも、あの仲間たちを。

 あの、温かな空間を思い出して、優太は泣いた。



 ──俺は一体、どこであの空間を手放してしまうようなことをしたのだろうか。



 答えは分からない。

 ただ、ひとつだけ分かっている事は。


 優太は、また、居場所をなくしたということだけだった。


 




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