ep.22 突然の
「ユタくん、もうここに来なくていいよ」
九条にそう告げられたのは、Barで働きはじめて三ヶ月程経った、ある日の営業後。
いつものように楽しく仕事を終え、優太が賄いを食べ終えて帰ろうとしていた時のことだった。
「……え?」
優太は九条が何を言ったのか分からずに、思わず聞き返した。
聞き取れなかったのではない。
意味が分からなかったのだ。
「もう、ここには来なくていいから。今までお疲れさま」
二回目のその台詞を聞いて、優太は漸くその意味を理解した。
でも、それは到底信じられない……信じたくないことだった。
「……それって、」
十秒くらい経って、優太は乾いた口を無理矢理開けた。
「それって、クビってことですか……?」
九条は、何も答えなかった。
けれど、もうそれだけで、充分だった。
「……お疲れ様でした」
本当は、聞きたいことが沢山あった。
何故なのか。
どうしてこんなに突然なのか。
自分の何処がいけなかったのか。
しかしその質問たちは、聞いて、答えを得ても、もう既に意味のないものたちに思えた。
「……大変、お世話になりました。ありがとうございました」
すべての疑問を飲み込み、優太はそう言って、九条に頭を下げた。
「あ、そうだ。その前髪結んでるヘアゴムは置いていってね。僕のだから」
九条は何やらお酒を作りながら、優太を見ずにそう言った。
「はい」
優太は前髪を結んでいたヘアゴムをカウンターの上に置き、そのまま店を後にした──……。
***
優太が目が覚ますと、そこには見慣れた古い天井があった。
しかし、眠っていたわけではなかった。
──もう、ここに来なくていいから。
九条の言葉が頭の中で思い起こされ、それと交互にあのBarでの思い出がちらつき、眠ることなんて到底できなかった。
──何で。
九条の言葉と思い出が巡る頭の中で、優太は考えた。
自分は何をしくじったのだろうか。
天の事だろうか。天の前で、泣いて自分のことを語ったりしたから。
マオの事だろうか。マオの唇に圧倒されて、気絶したりしたから。
雪の事だろうか。ロウに抱き締められないと凍死してしまうような弱い奴に、愛想を尽かしたのだろうか。
吸血鬼の事だろうか。不用意に近づいたりしようとしたから。
それとも、最初っから、ただ揶揄われていただけだったのだろうか。
そもそも、出会って早々に倒れたような奴をスカウトすること自体、おかしな話だ。九条も人の形をしているとはいえ、本来は狐なんだし、あり得なくもない。
狐を信じた、自分がいけなかったのだろうか。
そんな考えが次々と思い浮かんでは、シャボン玉みたいに消えていく。
「……うっ」
優太は布団にくるまって、泣いた。
仕事をクビになったくらいで泣くなんて、情けないとは思った。
でも、あの仲間たちを。
あの、温かな空間を思い出して、優太は泣いた。
──俺は一体、どこであの空間を手放してしまうようなことをしたのだろうか。
答えは分からない。
ただ、ひとつだけ分かっている事は。
優太は、また、居場所をなくしたということだけだった。




