ep.19 吸血鬼①
「何だかんだで、中間の季節が一番過ごしやすいよね」
九条が取り持つようにして言った。
「九条さんも、間派?」
「僕は秋だね~。秋と狐って何か合うし」
「そういう問題なの?」
九条の謎理由の秋好きの話を聞いたところで、再びドアが開いた。
時間的に今度こそマオかと思ったが、マオなら確実にドアをけたたましい音を立てて開け、「来たわよぉぉぉ!!」と言いながら入ってくる。
しかし、それがない。そして、今日はロウは来ない。
──ということは、新規のお客様かな……?
優太はそう思いながらドアの方を見た。
そこには、タキシード姿の男が倒れていた。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
優太は慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、それは叶わなかった。
「ユタくんは行っちゃだめだよ」
九条が優太の腕を掴んでいたからだ。
「な、何でですか!? そこで、人が倒れてるんですよ!?」
「ここはあやかしのBarだからね。どんなあやかしが来るか分からない。あのお客さんが危険な可能性だってあるんだ。ここは、僕に任せて」
九条はそう早口で言うと、さっさとカウンターを出ていった。
前回の雪の騒動の時といい、今回といい、九条は最初の約束通り、優太を守ろうとしてくれる。
その想いを無下にできないと、優太は九条に言われた通りに、黙ってカウンターの中から見守ることにした。
「大丈夫?」
九条が声を掛けると、男は「うぅ……」と苦しそうに唸った。
それに、今度は「うーん」と九条が唸った。
「ユタくん、出てこなくて正解だったよ」
「え、どういうことですか?」
「吸血鬼だ」
その言葉に、優太は驚いた。
「吸血鬼……!?」
「九条さんは近づいても大丈夫なの!?」
雪も心配の声を上げる。
「狐の血は不味いと分かってるからかぶりついてこないから大丈夫。でもユタくんが出てきて、揺すったりなんかしてたらガブッといかれてたかもね。お腹すかせてるみたいだし」
「ふぁぁ……」
吸血鬼に関する話なら、優太でもよく知っていた。
襲われると血を吸い尽くされて死ぬとか、吸血鬼になるとか何とか。
九条の言うことを素直に聞いておいて良かった、と優太は心底思った。
「にしても、よりにもよってロウが来ない日にくるんだもんなぁ……ま、満月に動けないのと、満月で活発になるので正反対だから、仕方ないのかも知れないけどさ……」
九条の(恐らく)独り言に優太は反応した。
「ロウさんがいると、どうなるんですか?」
「ん? ああ。狼男と吸血鬼って、獣人と怪物っていう差はあるけど、元々を辿っていけば遠い親戚なんだよ」
「そうなんですか!」
「そ。だから、ロウがいたらある程度の対応を頼めたんだけどね」
九条は足元の吸血鬼を見下ろした。
「取り敢えず、ユタくんに危害が及んだりしたらいけないし、何かを飲ませて帰らせよう」
「何かって、例えば……?」
「うーん、トマトジュース?」
「前から疑問に思ってたんですけど、あれって、色以外な全然血とは違いますよね? あれで満足するんですかね、吸血鬼って」
「それは……謎だね」
取り敢えず、やるだけやってみようとなり、九条は吸血鬼の見張り、優太はトマトジュースを取りに厨房に向かった。
「あ、ユタくん。折角だからさ」
トマトジュースとタンブラーグラス(背の高いグラス)を持って厨房を出ていくと、九条に呼ばれた。
「はい」
「ショーケース下の棚の中にあるピナクルウォッカって書いてある瓶、持ってきてくれない?」
「ピナクルウォッカですね」
何をするつもりだろう、と思いながらもショーケース下の棚からピナクルウォッカを見つけ出し、念のためカウンター越しに九条に渡した。
「ここはBarだからね。お酒を作ろう」
そう言うと、九条はグラスにピナクルウォッカを注ぎ始めた。
三分の一くらいまで注ぐと、そこにトマトジュースを入れ、かき混ぜると綺麗な赤色になった。
「わー、綺麗!」
雪が感嘆の声を上げた。
「ブラッディ・メアリーの完成だよ。トマトジュースよりも名前が血っぽくていいでしょ」
「確かにそうですけど……」
結局、血ではないことには変わりはない、という突っ込みを、優太は入れられなかった。
「それじゃ、飲ませるよ」
九条は唸る吸血鬼を抱き起こし、その口にブラッディ・メアリーを注ぎ入れた。
すると、吸血鬼が突然、目を見開いて立ち上がり、九条に覆い被さった。
「きゃっ!」
「九条さん!」
優太と雪が悲鳴を上げ、天が席を立ち上がった。
「おい、九尾狐!」
天が九条を助けようと吸血鬼の肩を掴
んだ。
「大丈夫だから! 襲われてないから!」
しかし、それを制したのは九条だった。
覆い被さった吸血鬼を退け、下から這い出してくる九条を見たとき、全員が肩を撫で下ろした。
「驚かすなよ」
天が力が抜けた声で言うと、九条はいつもの顔で「ごめん、ごめん」と言った。