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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
18/28

ep.18 いつもの時間

 それは、美しい満月が輝く夜の出来事だった──……。


 いつものように開店と同時にやって来た(てん)優太(ゆうた)九条(くじょう)は雑談をしていた。


「今日、ロウさん中々来ないですね」


 優太は皿の整理をしながら言った。

 ロウはいつも大体、二十二時にはやって来る。しかし、現時刻は二十三時を回っていた。いつものパターンだと、もうすぐマオがやって来るくらいの時間だ。


「あぁ、今日満月でしょ? ロウ、普通の月ならいいけど、満月だと狼に変身しちゃうから来ないんだよ」

「そうなんですか!」


 そういえば、前にロウは月は大丈夫なのだろうかと思ったことを優太は思い出した。

 やっぱりダメなのか。


「満月の日ばかりは仕事にも行かないって言ってたからねぇ」

「そういえば、ロウさんって、何の仕事してるんですか?」

「んー、僕も詳しくは知らないけど、土方(どかた)みたいだよ~」

「あ、ぽいですね」

「ピッタリでしょ」


 あはは、と笑いながら優太は天に視線を移した。


「天さんは、お仕事とかしてるんですか?」

「仕事なんてしてない」

「そうなんですか?」

「桃太郎に見つからないように隠してた財宝で暮らしてる」


 その言葉に、優太は目を丸くした。


「えっ……まさか、桃太郎に退治された鬼って……!?」


 驚く優太に、天はニヤリと笑った。


「勿論、冗談だ」

「ちょ、ビックリしたじゃないですか!」


 カウンターから軽く身を乗り出して抗議した優太だったが、天はもう優太の方を見ていなかった。

 いつも肩からぶら下げている攻撃用(?)より一回りほど大きい瓢箪の中に手を突っ込み、何やらゴソゴソとしている。


 ──あの瓢箪、中に手が入るんだ……。


 そう思いながら見ていると、中から出てきたのは何とノートパソコンだった。


 瓢箪のサイズはどう見たって猫くらいなのに、あれの何処にノートパソコンが入っていたのだろうと、優太は不思議に思った。

 天は取り出したノートパソコンを何やら手早く操作すると、優太のほうに画面を向けた。


 そこには、折れ線グラフが表示されていた。そのグラフを、優太はかつて見たことがあった。


「本当は、これやってる」

「……株、ですか?」

「そうだ」


 天はそう言うと、カタカタとノートパソコンを弄った。


「今この瞬間、五十万の利益が出た」

「ええっ!?」

「てことで、ユタ。何でも好きなの飲め」


 天の意外すぎる職業と特技に、優太は愕然とした。現代の鬼って、しっかりしてる。


 と、そこでドアがチリンという音を立てて開いた。店内に冷気が流れ込んでくる。

 今回はどうやら、彼女の方が先だったようだ。


「いらっしゃい、(ゆき)ちゃん」


 九条がそう声を掛けると、ガタガタと震えていたコートまみれの体は止まった。


「すぐに用意するからね」


 九条は赤ワインを持って厨房に引っ込んでいった。その間に、コートまみれの彼女は天の二つ隣、カウンターの真ん中の席に着いた。


 少し前から常連さんになった、雪女の雪だ。


「こんばんは」


 優太が挨拶をすると、雪は小さく頷いた。

 雪は極度の寒がりなのだが、「寒い」と言うと、周りを寒くさせたり、凍らせたりしてしまう。

 その「寒い」を言ってしまわないように、お酒を飲むまでは無言で過ごしてくれているのだ。


「ごめんごめん、お待たせね」


 九条が持ち手付きのグラスに入ったシナモン香るホットワインを持ってきた。

 雪は黙ってそれを受け取り、直ぐに一口飲んだ。


「あったかーい!」


 漸く、寒さから解放された雪がスッキリした声で言った。コートを脱ぎ、雪のために用意された大量のハンガーラックにコートを掛けていく。


「九条さんの『雪ちゃん』呼びはやっぱり効果あるよ。私、それだけでも寒さが少し和らいだもん」

「はは、それは良かった」

「本当はできれば、雪って呼び捨てにしてほしいところだけどね」


 寒くなくなった雪はとてもお喋りで、今では店のムードメーカーになっている。

 コートを全て脱ぎ終え、白のワンピース姿になった雪は「あれ、今日はオオカミさん、来てないの?」と優太と似たようなことを言った。


「ロウは、満月の日は変身しちゃうから来れないんだよ」

「そうなんだ。冬に私が家を出れないのと一緒だね」

「確かに、寒いの苦手な子に冬はきついよね」

「でも、今年は出れるかも。九条さんがいるし、ホットワインがあるし」


 雪はそう言いながら、ホットワインを啜った。

 寒さから救ってくれた九条に想いを寄せているらしい雪は、こうして毎晩、さりげなくも積極的に九条にアプローチをしている。

 それなのに九条はどこ吹く風なのは、雪に興味がないのか、はたまた恋愛に興味がないからなのか。


「ユタは夏派? 冬派?」


 突然、雪が優太に話を振った。


「え、俺ですか? 俺は…………春派ですね」

「きゃははっ、間取った~!」


 こういう、純粋で、分け隔てない所が雪のいいところだ。時々、天にも話しかけているのを見かけるが、天特有の防御、兼、人見知りで無視されてしまっていた。


「天は?」

「……」


 それでも話しかける辺りは、マオに通じるものがある。でも、雪は前回襲おうとして来たマオを苦手としている。世の中、中々上手くいかないものだ。



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