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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
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ep.17 雪女②

 仕方なく水道は諦めた九条はショーケースに入っているお酒を吟味し始めた。


「寒いってことだから、温まるものがいいよね。でも、お酒以外の液体は使えないし、水が使えないから湯を沸かすことも出来ないし……」

「え、待ってください」


 優太は口を挟んだ。


「お酒は、凍らないんですか?」

「この寒さだと流石にビールは凍るけど、アルコール度数が高いものは凍らないよ。ホラ」


 九条は天の焼酎を手に取ると、優太に中身を見せた。

 そこには確かに、凍っていない焼酎が入っていた。


「本当だ……!」

「これが水割りとかだったら凍るけどね。天くんの場合、ロックだから。マオのマロウブルーも飲み干しちゃってるから見せられないけど、度数が高いから凍らないよ」

「ほぇー」


 優太は感嘆の声を上げた。お酒も氷河期が来たら凍ると思ったが、キツいものなら大丈夫そうだ。もっとも、その頃には飲む人はいないだろうけれど。


「寒い……」

「あ、そうそう。ごめんね。すぐお酒作るからね」


 ショーケースから赤ワインをチョイスした九条は、蓋を開けて「よし、まだ凍ってないね」と中身を確認した。


「ワインはビールより度数が高いから、凍るまでに少し時間が掛かるんだよ。流石に、もうすぐ凍っちゃいそうだけどね」


 そう言いながら持ち手付きのグラスにワインを注ぎ入れた九条は、「凍るぅ~!」と言いながら急いで裏に行った。

 暫くして戻ってきた九条の手には、ほかほかと湯気をたてるワインがあった。


「間に合った、間に合った。はい、ホットワインだよ」


 そう、ホットワインを雪女の前に置くと、雪女は不思議そうにその飲み物を見つめた。


「……温かそう……」


 初めて、雪女が「寒い」以外の言葉を口にした。


「それ飲むと、温まるよ」

「……」


 雪女は寒さで震える手を伸ばし、ホットワインが入っているグラスの持ち手を持った。

 その時、ふわりとホットワインの香りが優太の元にまで漂ってきた。


 ──あれ、この香りは……シナモン?


 優太がそう思うのと同時に、雪女がグラスをカタカタと音を立てながらホットワインを口に含んだ。


「……温かい」

「体の芯まで温まるでしょ?」

「……あったかい!」


 雪女がそう言うと、店内の温度が急激に上がった。

 凍っていたウーロン茶とビールは溶けて液状に戻り、壁に張り付いていた雪は水滴へと変わった。


「温かい! すごく! ポカポカする!」


 雪女が子供みたいに無邪気にはしゃぐように言う。


「そうでしょ?」

「こんなに体が温かいの、初めて!」


 雪女は厚着していたコートを脱ぎ出した。


 そして、中に着ていた白いワンピースの裾がヒラリと揺れる頃には、フードで隠れていた顔もハッキリと見えるようになっていた。


「ありがとう、狐さん!」 


 そう笑う和風美人の雪女はとても美しくて、まるでサナギから出た蝶のようだった。


「おや、僕の正体に気づいてたのかい?」

「だって、妖力バンバン出してるんだもん。嫌でも気付くよ。それでお店を守ってたんでしょ?」

「その通りだけどさ」


 身軽になった雪女はクルリと回り、「ふふふ」と笑った。

 それがあまりにも嬉しそうで、優太も思わず笑顔になった。


「ねえ、このホットワインに入ってるのってシナモン?」

「そうだよ」


 そのやり取りを聞いて、優太はやっぱりそうか、と思った。

 雪女が飲む直前に香ったのはやはり、シナモンの香りだったのだ。


「シナモンって冷え性を直してくれる効果があるのよね。私、シナモンって大好きなの」

「そうなんだ。それは良かった」

「狐さんのことだから、分かってたんでしょ? ありがとね」


 雪女はそう言うと、カウンターに手を付き、そのままピョコンと跳ねた。


 そのピンク色の薄い唇は、九条の頬に当たっていた。


「おぉ……」


 ロウが優太の耳元で小さく声を上げた。優太も声に出さずとも心の中で「わわっ!」となっていた。

 にも関わらず、キスされた本狐はまったく動揺する素振りも見せずに「どういたしまして」と言った。


 九条、意外と女性慣れしてる説が浮上した瞬間だった。


 雪女は残ったホットワインを飲み干すと、

「私の名前は氷河(ひょうが)(ゆき)。狐さんの名前は?」と聞いた。


「九条だよ」

「九条さんね。また、遊びに来るわ」

「その時は、店内を凍らせないでね」

「努力する」


 雪女の雪は大量のコートを手に持つと、ホットワインの金額を訊ね、その代金を支払った。


「あ、そうそう。そこのインキュバスなんだけど」

「「「「あ」」」」


 そういえば何故かマオの解凍だけされていないことにこの時漸く、四人は気が付いた。


「明日の朝になれば自然解凍されるから。私を襲おうとした罰だって言っておいて頂戴」

「……邪魔だなぁ」

「九条さんには迷惑をかけるけれど、よろしくね」


「じゃあ、また」と、雪女はそう言い残して、店を後にした。

 いつの間にか外の吹雪も止んでいて、五月相応の少し暖かい風が店内に吹き込んできた。


「……さてと。ロウ、もうユタくんのこと、離していいよ」

「おう」

「ロウさん、ありがとうございました」


 優太はロウから離れ、礼を言った。

「いや、ユタがマオみたいに凍らなくて良かったぜ」

「マオ、物凄く邪魔なんだけど……」

「アイスピックでマオごと砕けばいいんじゃねぇ?」

「なるほど」

「ちょ、物騒なこと言わないでくださいよ!!」


 九条がアイスピックを取り出そうとしたので、優太は慌ててカウンターに入って止めた。


「いや、ユタ。これは名案だ」

「天さんまで!!」

「毎日襲われるかもしれないことを考えたら、聡明な判断だと思う」

「いやいやいや!」


 優太にも、マオにも味方はいなかった。


 ──何で解凍してってくれなかったんですか、雪さん!!



 アイスピックを持ち出そうとする九条を止めつつ、言いたい放題のロウと天を嗜めながら、優太は雪のことを恨んだ。



        case.4 雪女  終

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