表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
16/28

ep.16 雪女①

 九条が答えるより先に、先程まで激しく音を立てていたドアが、その音に反して静かに開いた。


「多分、吹雪だねぇ」


 九条が言葉の続きを言った瞬間、店内にひんやりとした風が流れ込み、優太は身体を震わせた。

 その風とともに、僅かに開いたドアの隙間から雪が入り込んで来て、店の床を濡らす。


 ──って、あれ? 今、五月……だよな?


 季節外れの寒さと雪に優太が混乱しているうちに、

「ロウ! ユタくんを!!」

九条が早口でロウに指示を出した。


「おう!」


 それに応じたロウは席を立ち、優太の前まで来ると、カウンターから身を乗り出させた。


「え? え?」

「ちょっと我慢しろよ」


 ロウは優太の体に手を伸ばし、脇腹を持つと、そのまま優太を持ち上げた。


「わ、わわわわ!?」

「よっこいしょっと」


 軽々と持ち上げられた優太の体はカウンターを越え、ロウの元に引き寄せられた。

 そしてそのまま、何故かロウにきつく抱き締められた。


「ろ、ロウさん……! 俺、そういう趣味はないんですけど……!」

「俺もねぇわ! でも、お前を守る手段がこれしかねぇんだよ!」


 優太は首を傾げた。


 ──守るとは、一体どういうことだろう?


 そうこうしているうちに、僅かに開いていたドアが更に開き、コートを着た女性が身を滑らせるようにして入ってきた。

 その瞬間、店内の温度が急激に下がったのを、優太は感じた。


「いらっしゃい」


 しかし、そんなことは全く気にしていない風の九条が、女性に声をかけた。

 女性は少し間を置いたあと、静かに口を開いた。


「……さ、」

「さ?」

「寒い……」


 女性が、掠れた声でそう言った。


 その時、優太は信じられないものを目にした。

 さっきまで優太がいた場所にあったウーロン茶が、ピシリという音を立てて凍りつき、壁には雪が張り付いた。

 店内は、一瞬にして、巨大冷凍庫のような──いや、北極のような状態に変化した。


「な……っ」

「ユタ、俺から離れるなよ。何なら、スカジャンを体に回せ」

「ていうかロウさん、何でこんな状況なのに大丈夫なんですか!?」

「俺は基礎体温が馬鹿みたいに高いからな。こんなの余裕だ」

「もしかして、それで俺を……?」

「俺が抱き締めるのやめたら、ユタは一瞬で凍るぞ」

「……ありがとうございます」


 守るというのはそういうことか、と納得するのと同時に、優太は漸く周りの状況を冷静に見ることが出来るようになった。


 九条、マオ、天はあやかしだから大丈夫なのか、何事も起きていないかのように、ただただ新たな来店者の方を見ていた。

 その新たな来店者である女性はというと、入口のところで突っ立ったまま店内をじぃっと見ていた。

 しかしフードを被っている上に俯いているので顔は見えず、その体にはジャケットやダッフルコート、ダウンなどのありとあらゆる防寒服が乗っかっていて、体型も分からなかった。


「寒い……寒い……」


 それでも、女性は「寒い」とぼそぼそと呟き続けていた。極度の寒がりのようだ。


 その様子を見ていた九条が、「なるほどね」と言った。


「雪女か」

「ゆ、雪女!?」


 優太は思わず、声を上げた。


 ──この寒がりの人が、雪女……とは……。


「……寒い……」


 雪女は九条の質問には答えずにただ、そう言った。

 それを九条は「イエス」という意味にとらえたのか、満足げに頷いた。

 一方、マオはその言葉を受けて、何故か立ち上がった。


「アナタ、寒いの?」

「……寒い……っ」

「そう! そんなに寒いなら、アタシが温めてあ・げ……」


 マオは雪女さんに襲いかかろうとした。


 しかし。


「寒い!!」


 雪女が今までよりも少し強めに言うと、マオが駆け寄っていくような格好のまま、ピシッと固まった。


「……馬鹿だな」


 天がマオの体をノックするように叩くと、コンコンという音がした。


「……凍ってるんですか?」


 優太が訪ねると、

「ああ。綺麗に凍ってる」という返事が来た。


 ──もしかしたら、雪女さんが「寒い」って言うと、寒くなったり凍ったりするのかな……?


 実際に、優太はロウの体温があるので少し分かりづらいが、でも雪女が「寒い」と言う度に室温が下がっているような感じがしていた。


 ──ということは、雪女は自分で自分の首を絞めているのでは……?


 優太はそう思ったが、強めの「寒い!」を言われてしまった場合、ロウまで凍らされてしまう可能性があるので言わないでおいた。


「雪女さん、取り敢えず座りなよ」

「寒い……」


 「寒い」は返事の役割も果たしているらしい。

 雪女はガタガタと震えながらも足を進め、天の二つ隣の席に座った。


「さて、雪女さんは何を飲む?」

「……寒い」

「うーん、流石にお酒の名前まではわからないなぁ。取り敢えず、水系を使わないものじゃないと作れないよね……」


 九条はそう言いながら飲み水用の蛇口を捻った。しかし、そもそも蛇口のハンドルが凍っているのか、回ることすらしなかった。


「あれま。見事に凍ってるねぇ」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ