ep.13 淫魔③
人がそういう、「少し違う人」に対して辛辣で、攻撃的になりがちなのは、人間である優太自身がよく知っていた。
いじめがその最たるものだ。もしも仮に……気持ちの悪い話ではあるが、全員が同じ性格、同じスペック、同じ顔だとしたら、いじめなんて起きないだろう。
でも──例えば、ちょっとブサイクだとか、背が低いだとか。例えば、少し真面目すぎてしまうとか。
人にはそういう「周りの人と少し違う人」を異常だと思い、排除したがる人がいる。そして、その結果、いじめは起こる。
かくいう優太も、マオと出会ったのがここではなかったとしたら、マオに対してどういう反応をし、どういう対応をしたかと問われたら、胸を張って「絶対に避けなかった」と答えられる自信がなかった。
だから……。
「……人間界には、人にはそれぞれ色があるよって言う意味の、十人十色って言葉があるそうだけど」
沈黙を破ったのは、九条だった。
「何で、人は一人一色だと思うんだろうね」
九条はそう言いながら、マロウブルーを指差した。
「マロウブルーなんて、一つ三色だよ?」
「……」
「一人二色でも、マロウブルーみたいに三色でも、何なら百色でもいいじゃない。ていうかさ、二重人格とか裏表とかある人がいる時点で人は一人一色じゃないじゃん」
九条はそう言いながら、いつもの笑顔を浮かべた。
「マオが、悪いわけじゃない」
だけどその声は、いつもより少し優しくて。
「……そうね……」
少し間を置いて、マオが小さなため息を吐きながら言った。
でも、そのため息とは裏腹に、マオの表情は晴れ晴れとしていた。
「アタシが二色だからいけない訳じゃないのよね」
「一人の中にも色んな色があるからこそ、きっと人って面白いんだよ。全員が一色だけのわかりやすい人だったら、面白くない」
それに、と九条は言葉を続けた。
「マオがその格好じゃなくなったら、逆に僕らが落ち着かないよ。ねぇ、ロウ?」
九条がロウにそう訊ねると、ロウは
「まぁ、人を襲うのは止めてほしいけどな」と笑った。
「あら、何それ。いやよいやよは好きのうちってヤツ?」
「あ? んなわけねーだろ」
「またまたぁ。照れちゃってぇ。このイ・ケ・ズ♡」
「あ"ーーっ!! やめろって!!」
全身の毛を逆立てて嫌がるロウに、マオは「あはははっ」と声を上げて笑った。
しかし、すぐに真面目な顔に戻ると、
「分かってるのよ。彼女の事だって、本当は何とか出来たことくらい。ただ、足りなかったのはアタシの自信だけだってことも」と静かに言った。
「アタシはこの格好をやめる前に、もっと自分に自信を持つべきなのかもしれないわね」
「……そうだね」
「アタシ、今までインキュバスからも他のあやかしからも、人間からも変な目で見続けられてきたから、どうしても自分がいけないって思ってしまってたのよね」
マオはマロウブルーをグイッと飲み干し、続けた。
「……でも、九条ちゃんの言葉で目が覚めたわ。アタシはこれがアタシなんだから、いけないなんて思う必要ないわよね」
マオはそう言うと、ニッコリと笑った。
「アタシは、これからも『ありのままのアタシ』で行くわ!」
「それでいいと思うよ」
九条もそれに、嬉しそうに笑った。
ただ、
「……まぁ、かと言って、ロウも言ってたように、これからも僕らに襲いかかって言い訳じゃないけどね」
そう付け加えるのも忘れなかった。
「えっ! 違うの!? 襲いかかってこそのアタシなのに!?」
「いやぁ、人に迷惑を掛けるのはよくないよ」
「そんなこと言ってぇ。本当は嬉しいくせに♡」
完全復活したらしいマオが、カウンターを乗り越えんばかりの勢いで九条に近づいた。
それによって現場は、再び阿鼻叫喚に包まれることになった。
「う"ぁぁぁぁぁっ! ユタくーーーんっ!!」
「あらやだ、逃げちゃダメよぉ~ッ!!」
「九条さん……ありのままのマオさんをきちんと受け止めてあげないとダメですよ」
先程の騒動で学んだばかりの優太は、九条に盾にされる前にカウンターから飛び出した。
「えっ、ちょっ、ユタくん!? ……裏切り者ぉぉぉ!!」
「お幸せに……」
優太は攻防を続ける九条とマオに最高のキメ顔でそう言った。
しかし、九条も素直にやられるような人ではなかった。
「マオッ! 可愛いユタくんが逃げたよっ!」
優太は九条に売られた!
「あら、アナタ、ユタくんってお名前なのねぇ! カワイイお名前ねぇ!!」
案の定、ターゲットを九条から優太へと切り替えたマオが優太に迫った。
直ぐ様逃げようとしたが、マオのスピードは尋常なものではなく、優太は逃げ遅れた。
「く、九条さんんんっ!」
「自己紹介が遅くなっちゃったけどアタシ、インキュバスの一色マオ。よ・ろ・し・く♡」
マオはそう言いながら、優太の頬をつついた。
──天さん……!
優太は助けを求めて天を見た。
しかし、天は先程マオに迫られた事がトラウマなのか、「すまん、ユタ……」と言いながら優太から目を反らした。
──て、天さぁぁぁん!!
完全に味方を失った優太は、マオの真っ赤な唇が近づいてくるのを感じながら、意識を失った──……。
case.3 淫魔 終