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あやかしBarへようこそ  作者: 渡辺 翔香(旧:渡井彩加)
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ep.12 淫魔②

「ちょっとぉ! 何で突然"一色さん"呼び? やめてよぉ~!」


 おネエさんが頬を膨らませながらそう言うと、九条が「あ、ごめん、防衛本能が出たみたい」と笑ってから「マオ」と呼んだ。


 ──やっぱりそうだ。


 たぶん、口では何だかんだ言っているけれど、この三人はきっと本当は仲のいい人達なんだと、優太は思った。

 もっとも、九条とロウにそんなことを言おうもんなら、死に物狂いで嫌がるのだろうけれど。


「まぁ、簡単に言うとマオがここに来た時点で、マオが失恋したって分かるわけだよ」

「あらまぁ、失礼しちゃうわね。アタシがそんなにフラれると思ってるわけ?」

「違うの?」


 九条がおネエさん……改めマオにそう聞くと、マオは「まぁ、そうなんだけど」と答えた。


「で、どんな子だったの?」


 九条はウォッカにティーパックを入れ、クルクルとかき混ぜた。すると、透明だったウォッカが徐々に綺麗な青色に染まり始めた。

 優太が思わずそれに見惚れていると、マオが「あら、新人さんが説明を求めてるわよ」と言った。


「あ、いえ、そういうわけでは……っ!」

「これはね、マロウブルーっていうハーブを使ったカクテルなんだよ。マオ──このお客さんの好物なんだよ」

「マロウブルー……」

「マロウブルーの特徴はひとつ」


 そうこう言っているうちに、海のような綺麗な青に染まりきったマロウブルーを、九条はマオの前に差し出した。


「見ててごらん」


 言われるがままにマロウブルーを見つめていると、先程まで真っ青だったカクテルが、紫色に変化し始めた。


「わ……色が変わった!」

「で、更にここに……」


 九条はカウンター下の冷蔵庫からカットレモンを取りだし、皿に乗せてマオの前に差し出した。

 それをマオが受け取り、マロウブルーの上で絞ってマドラーでクルクルとかき混ぜると、先程までアメジストのような紫色だったカクテルが、みるみるうちに桜みたいな美しいピンク色に染まった。


「え、何で?」

「凄いわよね、コレ。アタシも初めて見たとき、ビックリしちゃったわよ!」


 マオも興奮気味に声を上げながら、マロウブルーを見つめ、そしてぽそりと

「アタシみたいよね」と言った。


「それって、どういう……?」

「アタシは基本的には男で女の子の事が好きなんだけど、でも男の子の事が好きなのも事実で、女の子みたいな気持ちもある。お洒落にも、お化粧にも興味があるわ。つまり……男でもあり、女でもあるのよ」


 マオは「おかしいわよね」と自嘲気味に笑った。


「……でも、どっちにもなれるって凄いと思います」

「そうね。アタシもさっきも言ったように、ある意味最強だと自負しているわ。それに嘘はない。でも、インキュバスは色仕掛けして、精気を奪ってこそのインキュバス。色仕掛け出来なければ、意味がない」

「……」

「けど、こんな格好しているから、人に変態扱いされるのは当然よね。色仕掛けどころではないわ」


 そう言って、マオは小さく「アハッ」と笑った。

 

「それでも、アタシはこの格好をやめる気はなかったのよ。好きでやっている事をやめる必要なんてないと思ってたから。でも……」

「やめようと、思っているのかい?」


 九条が不意に、口を挟んだ。少し、責めるような、そんな口調で。

 マオはそれを否定することも肯定することもなく、話を続けた。


「アタシ、しばらくここに来てなかったでしょ? 実はね、彼女が出来たからだったのよ」

「へぇ、どんな子?」

「大学生だったんだけど、真っ直ぐで、アタシのこの姿を見ても全然引かなくて、他の周りの人にアタシの事で何かを言われても、人は見た目じゃないって言って突っぱねちゃうような子だったわ。逞しくて頼もしい子だったけど、敵を作っちゃわないかってアタシはいつも心配してた」


 マオは言いながら、愛しそうにマロウブルーが入ったグラスの縁を撫でた。


「アタシはそんなあの子の事が大好きで、あの子もこんなアタシの事を好きだって言ってくれて……出来ることならずっと、一緒にいたいと思ってた。でも、そんなに上手くは行かないものね……」


 マオはそこで、口をつぐんだ。静寂がバーを包み込む。


 優太はその空気に堪えられず、思いきって

「……別れちゃったんですか?」と訊ねた。


「ええ。相手の両親に反対されてね」

「そんな……」

「本当は、親御さんとはきちんとした男の格好をして会うつもりだったのよ。でも、彼女とデートをしてる最中に偶然、会っちゃったのよ。で、猛反対されて……けど、アタシは何も言い返せなかった。反対したくなる親御さんの気持ちも、分かるから……」


 マオは長い睫毛が付いた目を、そっと伏せた。


「でもまぁ、それだけならまだよかったのよ。だけど彼女は、心配した親御さんに半ば強制的に大学を辞めさせられて、実家に帰らせられちゃった。……勉強好きだったのに、アタシがこんなのなばかりに……」

「……」


 優太は、何も言うことが出来なかった。




 

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