ep.1 出会い
目を開けると、そこには古びた天井があった。
──ダメだ。寝れない。
霧島 優太は全身から空気を抜くように、「はぁーーーー」と長いため息を漏らした。
仕事を辞めてから一ヶ月。
仕事をしておらず、その上コンビニに行く時以外この部屋から出ないからか、優太の身体は全く疲れていなかった。寧ろ、体力が有り余っていて仕方がない。
時計が時を刻む音が嫌に耳に障る。
布団を頭から被って何とか気にしないようにしてみても、気にしないようにすればするほど、音は優太を嘲笑うかのように大きくなっていくような気がした。
優太は仕方なく起き上がり、ベッドから降りた。
そして、ゴチャゴチャと落ちているゲームソフトや漫画を避けながら壁掛け式時計の元まで行き、時計を外して裏の電池を抜いた。
音がピタリと止む。
「まったく……」
優太が役割をなくした時計を適当に放ると、ちょうどそこにあったビール缶に当たって、ビール缶がカランッと音を立てて倒れた。
中に少しだけ残っていたビールが床を少しだけ汚す。
そのまま放っておけば臭いが凄いことになるのは分かっているけれど、優太はそれを拭く気にもなれなかった。
もう、すべての事が面倒くさかった。
優太は台所に向かい、冷蔵庫を開けた。
猛烈に、酒を呑みたくなったからだ。
しかし、冷蔵庫には酒が一本も入っていなかった。
──散々だ。
優太は冷蔵庫の前に座り込んだ。
ないと分かると、余計に呑みたくなるのが人の性。
──酒を、呑みたい。
不思議だった。
今までも勿論、酒が好きでよく呑んでいたけれど、ここまで呑みたいと思うのは初めてだった。
その思いは、布団に戻ってからも変わらなかった。
酒を呑みたくて、呑みたくて、ウズウズする。
──仕方ないな。
優太はまたベッドから出て、コートを羽織った。
こういうときは、さっさとコンビニに酒を買いに行って呑んで寝るのが一番だ。
鍵とスマホと財布をスウェットのポケットに突っ込み、サンダルを足に引っ掛けて、優太は外に出た。
寒くて、身体が縮こまる。
優太は寒さを凌ぐためと、酒を早く手に入れたい一心でコンビニまでの道程を早足で歩いた。
コンビニは、優太の家から徒歩十分程のところにある。
最近はコンビニと家の往復しかしていない優太の足は何も考えなくても、コンビニの方へと進んでいってくれる。
……はずだった。
「……あれ?」
気付いたら、優太は見知らぬ路地にいた。
ここは何処だろう、と振り返ると、そこには先程まで歩いていたはずの大通りがあった。
どうやら、気づかぬうちにうっかり間違えて曲がってしまったらしい。
──いや、いくらなんでもぼうっとしすぎだろ、俺。
優太はあまりにも酷い自分に苦笑いを溢し、戻ろうと踵を返した。
その時だった。
その店が目に入ったのは。
「……こんなとこに、店なんてあったっけ?」
ビルが立ち並んでいるだけの何もない細い路地の、ビルとビルの隙間。
そこに、小さな煉瓦造りの店があった。
正確には店名が一切出ていなかったから、優太には本当に店なのかどうなのか判断が出来なかった。
それでも店だ、と思ったのは小さなスポットライトが濃い緑色の木製ドアを煌々と照らしていたからというのと、そのドアに「open」という小さな看板が掛けられていたからだ。
優太はまるで惹かれるようにしてそのドアの前に立ち、何の躊躇もせずにドアノブを引いた。チリンチリン、とベルが鳴る。
「いらっしゃい」
小さなL字カウンターがあるだけの、とても小さな店だった。
そのカウンターの中に立っているバーテンダーの服を来たキツネ顔の男性が優太を笑顔で迎え入れてくれた。
「あの……ここって……?」
優太がそう訊ねると、バーテンダーの服装をした男性が
「ここは、バーだよ」と言った。
「バー……ですか」
「そう。バー」
バーテンダーの服装をした男性、ではなくバーテンダーはそう言うと、細い目を更に目を細めた。
「それにしても、お客さん、珍しいね」
「え? ……何がですか?」
バーテンダーの言葉に、優太は首を傾げた。
確かに優太は引きこもりだけれど、でも初対面の人に出会って直ぐに珍しいと言われるような人種ではない。
強いていうなら、髪の毛が長いことくらいだけれど、それもさして珍しい程の長さではないし、髪の長さでいえば後ろで髪を縛っているバーテンダーも負けてはいない。
──もしかして、お客さん自体が珍しいということなのか?
現に今も客は優太しかいないわけだし、可能性はある。
「……いや、何でもないよ。それより、飲んでくの?」
「あ……」
優太は少し、考えた。
元々、優太は酒を買うためにコンビニに向かう途中だったのだ。酒を呑む、という意味ではこのバーでも目的は果たせる。
それに、この小さな店に入って、何の店か聞いておいて何もせずに帰るのも何となく気が引ける。
「飲んで、いきます」
「じゃあ、好きなところに座って」
バーテンダーにそう言われ、優太は五席あるカウンターのうちの真ん中の席に座った。