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最期の拒絶

 剣をくるりと回し、逆手に持ち変える。

 そして、切っ先を〈拒絶の殻〉にぶっ刺した。

 あらゆる干渉を拒む黄金の輝きは、しかし俺の剣を無抵抗に受け入れる。


「刺さった……!」


 アナベルが息を呑む。

 俺の剣は〈拒絶の殻〉に亀裂を生じさせた。

 蜘蛛の巣のようなひび割れが、たちどころに広がっていく。あたかもゆで卵の殻が剥がれ落ちるように、細かな破片がパキパキと音を立てて砕け落ちていった。


 俺は〈拒絶の殻〉が守っていた黄金の世界樹へと歩み寄る。

 どちらの幹を斬り落とすのか。

 全ては俺の判断に委ねられている。

 努めて冷静を保ちながら、磔にされた幼馴染を見上げた。


「こんなに、ぼろぼろになるまで、何をやってたんだ……」


 俺も、お前も。


「今、下ろしてやる」


 まさに世界樹へと剣を突き立てようとした。

 その時だった。

 朽ちかけていたエレノアの身体が、ついに砕け、土くれのように崩れて樹の根元へと落下した。


「は?」


 ちょっと待てよ。

 どうなってんだ。


 なんで、こんなことになる。

 間に合わなかったってのか。


 あと一秒あれば、すべてを終わらせていた。

 あと、一秒早ければ。


「ウソだろ」


 目の前の出来事が信じられない。

 俺の足元に、崩れたエレノアの残骸がある。


 それは人の肉体とは到底思えず、凝り固まった灰のように見えた。

 足元に散らばる無機質な物体に、かつての幼馴染の面影はない。


「ロートス! ぼさっとするでないっ!」


 アカネの一喝。

 我に返った俺は、足元の物体が黄金の輝きを放ち始めていたことに気付いた。


「マスター!」


 反応が遅れてしまった俺に、跳びこんできたアイリスが抱き着き、そのまま世界樹と距離を取る。

 危うく黄金の光に飲み込まれそうだった俺は、アイリスのおかげで危機を脱した。

 空中でアイリスの手を取ってくるくると躍るように着地した俺は、改めて意識を張り詰める。


「どうなってる」


「わかりません。ですが……嫌な気がしますわ」


 アイリスの感覚は当てになる。

 それを証明するかのように、黄金の光はゆっくりと人の形を取り、やがてその姿を顕していく。

 光が収まった時、その場に立っていたのは、デメテル魔法学園の制服を身に纏った、素朴な少女であった。


「エマくん……なのか」


 この場所にエマがいることは分かっていた。とはいえ、ヒーモが驚くのも無理はない。


「まさか、そんな登場の仕方をしてくるなんてな」


 エレノアの残骸から生まれるってことは、すでにエマはエレノアの一部になっていたのか。あるいはエマは、このために核心部へと来たのかもしれない。


「公子さま」


 エマの瞳が、俺を見る。


「あなたはひどい人です」


 返す言葉もない。


「エマくん! キミは……どうしてこんなことを……!」


 ヒーモが正義感に満ちた声を張る。


「キミは知ったのだろう? この世界の真実。デメテルの欺瞞を!」


 エマはヒーモを一瞥すると、自嘲気味な笑みで俯いてしまう。


「ヒーモくん……あたしは女神エレノアの分け身。彼女がこうありたいと願った姿。デメテルだってそう。彼女が心から望んだ世界なんです」


「なにを、言っているんだ。キミは」


「わかりませんか? 彼女の願いは、普通の世界で、普通の女の子として過ごすこと。好きな人の、ただ一人の大切な存在になること。それが、女神になってまで叶えたい夢だったんです。それなのに――」


 エマの強い瞳が、俺を見据える。


「あなたという人は……彼女の願いを足蹴にした」


 静かな怒りと、哀しみが、波動となって核心部に拡がった。

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