一家和楽
光に包まれた俺達は、その状態のまま裏世界へと転移した。
主観的には、自分が移動したというより周囲の景色が変わった感じだ。
辺りにのどかな田園風景が広がっている。
「アインアッカ村……随分と久しい眺めじゃ」
「来たことがあるのか?」
「昔も昔じゃがの」
まぁ、アインアッカ村はプロジェクト・アルバレスが秘密裏に進められていた地だ。ヘッケラー機関の創始者が知らないはずないか。
「みんなが村にいると思う。合流しよう」
俺の先導で向かったのは、やはり俺の生家である。
門構えを前にすると、ふと両親の顔が脳裏をよぎる。今はもういなくなった彼らの記憶は、他愛ない感傷の一部として残っている。
思えば長い旅だったな。
最後の最後で、ここに戻ってくるなんて夢にも思わなかった。
様々な想いを胸に、俺は家の扉を開く。
居間には、俺の到着を待つ顔ぶれがあった。
「ご主人様っ」
サラがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「ご無事だったんですね」
「ああ。心配かけたな」
俺は部屋を見渡す。
「ウィッキーは?」
「あ……おねぇちゃんは、寝室で眠っています」
「無事なのか?」
「一命はとりとめた」
切羽詰まった問いに、部屋の奥から淡々とした返事が帰ってきた。
寝室の扉から出てきたのは、セレンと原初の女神だ
「ムーディたんの邪気を活用して神性の侵食を妨害してた。さすが師匠」
セレンは顕微鏡で観察しないとわからないくらいには誇らしげだ。
「言ったじゃないですか。助かると」
原初も女神の笑みには安堵の趣があった。
「助かったのはいい。この上ない幸運だ。だが、その女がここにいるというのは頂けないな。一体どういう風の吹き回しだ?」
椅子に座っていたサニーの視線は、俺の後ろにいるイキールに向けられていた。
当の本人は気まずそうに視線をそらす。
「そう睨まないでやってくれ。元はと言えば俺がまいた種だ。こいつがやったことは簡単に許せることじゃないけど、巻き込んじまった負い目もある。世界の行く末を見届ける権利くらいあるだろ」
「まぁ、俺は別に構わないが」
サニーはサラを気にしているようだった。
サラにとって、イキールは姉を殺そうとした張本人だ。思うところがあって然るべきだろう。当然、サラのイキールを見る目は険しい。
「ご主人様に免じて、今は何も言わないのです」
状況を考慮してのことだろう。すまんな。
入口でそんなやり取りをしていたせいだろう。後ろに詰まっていたアナベルが、俺を押しのけて家に入ろうとしていた。
「あ、おい」
「じゃま!」
俺の脇から顔をねじ込んだアナベルは、今の隅でソファに腰掛けるオルタンシアを見つけて息を呑んだ。
「ママ!」
俺を押しのけて駆け込んだアナベルが、その勢いのままオルタンシアに抱き着いた。
「あ……アナちゃん」
「ママ! ママ……!」
最初こそ驚いていたオルタンシアだったが、すぐに慈母の微笑みを浮かべてアナベルを抱擁する。
「やっと……やっとだよ。やっとママに会えた」
「アナちゃん……ごめんね。ありがとう」
幼子のように嗚咽を漏らす娘と、目尻に涙をためる母。
ちくしょう。俺まで泣けてくるぜ。
俺も父として二人の傍に寄る。そして、抱き合う二人まとめて大きく抱きしめた。
「ひさびさに家族が揃ったな」
「はい……種馬さまのおかげです。本当に、ありがとうございます」
「俺じゃないさ。アナベルのおかげだ」
人目をはばからず泣く姿こそ、彼女の強い想いの表れだろう。
「自慢の娘だな。この子を育てた未来の自分が誇らしい」
「ええ……自分も、そう思います」
俺達三人はしばし、再会を喜ぶ抱擁を続けていた。




