最終局面への序曲
「なるほどのぅ。どうりで」
何を得心したのだろう。アカネは腕を組んでふむと俯いた。
「彼女はこの里のエルフ達を守ってくれましたわ。これでもかというほど魔法を連発して降り注ぐ瓦礫を撃ち落としていらっしゃったのですが、その折の魔力量がとてつもないの一言でした」
「わらわ達が『無限の魔力』を想起したのも当然の話じゃろう。エレノアとなんらかの繋がりがあるとは予想しておったが……よもや現身とは思わなんだ」
二人の気持ちもわかる。
「けど、里を守ったエマをこんな風に扱うのはどうなんだ」
「ロートスくん違うの」
棘のある口調になったのは否めない。即座にルーチェが俺を嗜めた。
「誤解しないでほしいのはね。こんなことになってるのは……」
ルーチェが磔にされたエマを見上げると、場の全員がそれに倣った。
「この子自身が望んだことだからなの」
「エマ自身が望んだ? どういうことだ」
「こやつ自身もわかっておるのよ。自分がただならぬ存在であるということに」
俺の問いにはアカネが答えた。
そこにアイリスが続く。
「怖くなってしまったのだと思います。自分の中にある体験していないはずの記憶と、人智を超えた力。そして、この世界のあり様に」
「うん。だからこの子は自分の中にある未知の何かと向き合おうとしているんだよ。それを補助するために、アデライト先生がこの子の心の中に入っていったの」
ルーチェはそう言うが、なんだかいまいち理解できん。
「拷問っていうのはどういうことなんだ?」
「アデライト先生が言ったの。自らの心の未知と対峙することは、痛みと苦しみに苛まれる拷問にも等しいって」
たしかに、磔にされるエマの表情は苦痛に責めたてられる人質のそれだ。
意識はないようだがひどくうなされている。
それまで沈黙を保っていたヒーモが俺の肩を叩く。
「エマくんも戦っているということだ。エレノア嬢にあった人としての心。その具現がエマくんならば、助けてやるのが吾輩達ダーメンズ派の責任だろう」
ダーメンズ派とやらに帰属意識はまったくないが、エマを助けるべきだという点には同意だ。
「ねぇパパ。アデライト先生はこの子の心の中に入ったっていうけど、どうやったらそんなことができるの?」
アナベルの疑問ももっともだ。
「魔王っ子の力を借りたのじゃ」
「アンの?」
そういや、あいつもここに落ちてきたたんだよな。
「あやつの神性はすでに失われおるが、女神の境地は感得しておる。そこにアデライトの知見が加われば、精神世界に入ることなど造作もあるまいて」
「精神世界……そういうことか」
エマの心の中。すなわちそれはエレノアの精神世界と同義だ。
つまり、裏世界ってことだ。
「よし、俺達も中に入るぞ」
俺の提案に、その場のほとんどが大なり小なりびっくりしていた。




