ドメスティックな彼氏
光が、爆裂する。
最高潮に達した〈妙なる祈り〉を宿した俺の拳は、イキールの背負う光輪を木っ端みじんに打ち砕いていた。
ガラスが割れるような、あるいは破片が擦り合うような爆音が響く。
その瞬間、俺達は景色のすべてを白く染め上げる輝きに包まれた。
「え?」
呆気に取られたイキール。
「どうして」
俺の拳が自身ではなく、エレノアの光輪に向けられたことが理解できていない様子だ。
顔のすぐそばを通り過ぎていった俺の拳。それがなぜ自分に向けられないのか。
俺の医療魔法が、イキールの折れた鼻を治す。
「これでいい」
血で赤く染まった口元を拭ってやると、信じられないといった目が俺を見上げていた。
イキールは覚悟をしていた。デメテルの為ならなんでもする覚悟を。
エレノアの想いに重なり、彼女のために業を背負い、あらゆる犠牲を厭わない覚悟を。
「悪かったな。殴っちまって」
俺はそっとイキールを抱きしめた。
まるで暴力を振るったあと急に優しくなるDV彼氏のように。
「お前は、エレノアの為に本気で怒ってくれた。あいつに寄り添ってくれた。俺にはできなかったことだ」
心の底からエレノアに同調できた唯一の人物かもしれない。
ハーレムを容認する女性ばかりの中で、ただ一人、自分だけを愛してほしいと願ったエレノア。そんな彼女の強い想いを理解できたのは、イキールがエレノアのアバターだからなのか。
「ありがとな。あいつの心を言葉にしてくれて」
「公子……」
イキールが俺の腕を掴む。その声は震えていた。
「あんたって……ホント、ばか……お人好しが過ぎるわよ。優柔不断の、ハレンチ男のくせに」
俺の肩に水滴が落ちる。
「そんなのだから、彼女も……私も……っ」
碧い瞳から流れた涙が、ぽたぽたと俺の肩を濡らしていた。
嗚咽を漏らすイキール。
その感情の発露が落ち着くまで、俺はじっとイキールを抱きしめ続けていた。
溢れ出る嗚咽が収まった頃、イキールがぽつりと口を開く。
「ねぇロートス……あのね――」
だが、その声を遮るように、強烈な地鳴りが辺り一帯に響き渡った。
俺達は顔を見合わせる。
「これは……表世界からの干渉? まじかよ」
ありえない。
だってイキールはここにいる。
エレノアのアバターであるイキールがここにいるのだから、表世界から干渉する存在なんかいないはずだ。
わからん。
突然の出来事に頭が混乱している。
「とにかくここから離れないと」
切羽詰まった声で言うと、イキールが俺の手を取って踵を返した。
「こっちよ!」
俺はイキールに引っ張られるまま駆け出す。
どういうことだ。何が起きている。
イキールは何を知っているのだろうか。
王宮の中を走り抜ける間も、地鳴りと地響きはどんどん強くなっていく。
それどころか、ところどころの空間に亀裂が入り、世界が壊れていく。
極めつけには、アヴェントゥラの城を焼き払ったあの炎が、八方から燎原の火の如く迫ってきていた。
「やべーぞこれは」
「急いで!」
そうやって駆け続け、やってきたのは王宮の外。
水の塔の直下だった。
「あれよ」
イキールが指したのは漆黒の球体だ。イキールが出てきた時のまま残っている。
「私はあれを通って裏世界に来たの。だから、戻ることもできるはずよ」
「大丈夫なのか?」
「迷っている暇はないわ!」
イキールの言う通り、すでに世界は崩壊しかけている。
ものの数十秒でジェルドの里は破壊の限りを尽くされ、跡形もなく消え去るだろう。
「行くわよっ!」
イキールの手に引かれるまま、俺は漆黒の球体の中に飛び込んだ。




