魔力はエンプティ
「やめろッ!」
そこにはオルタンシアがいる。
「オルたそ逃げろ!」
俺の怒号か、はたまたイキールの殺気に反応したか、ムーディたんが全身の毛を逆立てる。
「バカネコ! さっさと――」
言い終わる前に、レーザーが発射。
オルタンシアを正確に狙ったそれは、咄嗟に動き出したムーディたんの尻尾に命中し、容易く切り落とした。
オルタンシアに当たらなくてほっとしたのも束の間。
レーザーの射線上にプリズムのような物体が出現。
直感的に理解してしまう。あの物体の役割を。
「まずい」
対応しようとしたはいいものの、俺はすぐには動けなかった。
俺の腕の中で動かなくなったウィッキーを放置することに強い抵抗があったからだ。
だが、このままじゃオルタンシアまでこんな目に遭ってしまう。
葛藤と逡巡が、俺の判断を鈍らせる。
それが悪かった。
レーザーの照射を受けたプリズムは、四方八方に同じ輝きを降り注がせた。
雨あられの如く放射したレーザーの束。
ムーディたんは目にも留まらぬ動きでその隙間をかいくぐっていく。流石はネコといったところか。
しかし、オルタンシアを乗せた状態では動きに制限があるのも事実。
「あっ」
という間もなく、ムーディたんはいくつかのレーザーに貫かれ失速。王宮の屋根から転落し、オルタンシアと共に姿を消した。
「オルたそっ! くそっ!」
このままじゃだめだ。
動かなければ。
ウィッキーをそのままにするしかない。
「うおおおッ!」
後ろ髪ひかれる想いを引きちぎり、俺はイキールへと突貫。
剣を手に待ち構えるイキールに渾身の斬撃を繰り出すが、直線的な剣筋は容易く見切られ、回避されてしまう。
だがそれでもいい。
俺は剣を握っていない方の手に、全身の魔力を集中させる。邪気によって再生した手は、魔力がよくなじんだ。
「フレイムボルト――」
収束した魔力が一振りの剣を形成する。
本命は、こいつだ。
「――レーヴァテイン!」
フレイムボルトの名を冠する魔法の中で、最も強力な一撃。
ただひたすらに威力を追求した最上級魔法。
火炎の剣が、極大の奔流となってイキールとエレノアを呑み込んだ。
まだだ。
こんなもんで倒せる相手じゃないことはよくわかっている。
「もういっちょ!」
俺は自身に残っている全ての魔力を総動員させる。
そして、もう一発フレイムボルト・レーヴァテインをお見舞いする。
爆炎の柱が追加され、空が火炎に染まる。
圧倒的な魔力の炎が、イキールとエレノアの姿さえ見えなくしていた。
「こいつで――」
さしてダメ押しに、さらにもう一振りのレーヴァテインを形成。
「――終われやあぁぁァァァァァッッッ!」
全身全霊をもって、最後の一滴まで魔力を振り絞った一撃を放つ。
ジェルドの王宮から、里を覆い尽くすほどの轟炎が、大量破壊兵器のごとく広がっていた。
その破滅的な光景は、俺の爆ぜるような心象風景とまったく同じであった。




