使命と使命
ぐらり。大きくのけ反るエレノアの体。
趨勢不利と判断したのか、イキールも鍔競りを諦め後退する。
ウィッキーは、俺の隣にしゅたっと着地していた。
「流石だな。来てくれると思ってたぜウィッキー」
「合図をくれたっすから。無事っすか?」
「ああ。毎回毎回ドンピシャのタイミングだ。狙ってやってるのか?」
「今回ばかりは違うっすよ」
前までは狙ってたんかい。それはそれですごい。
「あの子。イキール・ガウマンっすね。前世界で女にされてた」
「デメテルじゃれっきとした女だ」
「難儀っすねーあの子も」
「誰も彼も全員難儀だよ。人間ってやつはな」
「違いないっす」
俺とウィッキーは並び立ち、イキール&エレノアの化身と対峙する。
「あの子をどうにかしないと、核心部へは行けそうにないっすね」
「ああ」
王宮の屋根には、退避したオルタンシアとムーディたんがいる。ムーディたんの上に座っているオルタンシアが、不安そうにこちらを見つめていた。
「オルタンシアはムーディたんに守らせるっすから、安心するっす」
「おけ。サラとセレンは?」
「外で次元のゲートを調べてるっすよ。なんかやばそうだったっすから」
中からイキールが出てきた謎の黒い球体のことか。
「なら俺達は俺達で、あいつをどうにかしておくか」
「りょーかい。腕が鳴るっすね」
俺とウィッキーの会話中に、イキールが仕掛けてくることはなかった。
今の俺達には、まったくと言っていいほど隙がないからだ。
「ウィッキー。オルタンシア。サラ。セレン。へぇ、そういうこと」
なにやらイキールが怖い顔をしている。
「グランブレイドの大臣が言ってた〈鍵の八女神〉の名ね」
「よく憶えてるな」
「あなた、最初から知っていたのね。〈八鍵の教え〉とやらも〈真世界〉のことも」
怒りか憎悪か。イキールの美貌が歪む。
「最初から何もかも知ってて、私を弄んでたんだ」
否定はしない。
なんせイキールは、単にデメテルで生まれただけの存在だと思っていたからな。ヒーモやエマと同じく。
前世界の記憶もない。創り直された世界で生まれた生命だと、そう思い込んでいた。
「弄んだって……またっすかロートス? 見境ないっすねー」
「誤解だ。そういう弄び方じゃないって」
「弄んだのは否定しないんすね」
俺の立ち回り方の問題だな。
「馬鹿にして!」
その怒号はイキールの口から放たれた。
「味方のフリして世界を滅ぼそうとしていたなんて、外道にもほどがあるわ!」
「滅ぼす……ね。言っておくが俺は自分の世界を取り戻したいだけだ」
「世界を取り戻す? 神にでもなったつもり? その先に消える世界があるって、考えもしないのね……!」
「考えたさ。考えた結果、この結論が出た。お前と同じさ。俺は俺の使命を果たす」
「……これ以上の問答は無用ね」
「かもな」
「私をここに来させたこと。後悔させてあげる」
イキールが剣を掲げる。
その流麗な動作に呼応して、エレノアの体が輝き始めた。
それだけじゃない。
「ロートス! あれ見るっす!」
ウィッキーが空を指す。
「うおっ」
上空に浮かんでいたエレノアの頭が、物凄い勢いでこちらに落下してきていた。




