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すべての始まり

 呆気に取られて動けない。

 あの健気なのっぺら少女が、目の前で消滅した。

 誰もいなくなったこの廃墟で、骨になるほどの永い時間、ずっと俺のことを待ち続けてくれた子が、あっけなく死んだ。


 その事実を、うまく飲み込めない。

 俺は膝をつき、粉となって舞う白い骨片を見つめるだけだ。


「よくぞここまでたどりついた。とでも言うべきなのかな?」


 上から声が聞こえた。

 のっぺら少女を潰したのは、とてつもなく巨大な歯車だった。鈍い光沢のそれは、記憶の淵にある物と同じだった。


「またここで会えるなんて嬉しいよ。キミはほんとうに僕の期待を裏切らない」


 見上げた先には、歯車の上で長い脚を組んで腰掛ける人物。

 いけ好かない金髪の青年だ。


「ははっ。なんて顔をしているんだいロートス・アルバレス。キミらしくもない」


「どんな顔だ?」


「んん?」


「俺は今、どんな顔をしてる?」


 声が震えていた。

 この体を満たす感情は、怒りか哀しみか。

 俺にもわからない。


「どんな顔か……そうだね」


 金髪の青年。マシなんとか五世は、大きく手を広げてウインクした。


「キミは今……実に人間らしい、とっても素敵な表情をしているよ」


「殺すッ!」


 考えての行動じゃなかった。

 自覚ありきで、俺は殺意という衝動に身を任せることを決断した。

 背負った大鎌を握り、全力で薙ぐ。


 だが、それがヒットする前に俺は強かに打ち飛ばされた。

 猛烈な加速感を覚え、次いで衝撃と激痛。俺は『臨天の間』の大扉まで吹き飛ばされ、叩きつけられていた。

 マシなんとか五世の、ただのジャブによって。


「ふむ……やっぱり肉の身体はいいね。感触がすこぶる生々しい」


 拳を開閉しつつ、歯車から跳び降りるマシなんとか五世。


「なんというか。僕も【座】から現世に下りてこられるとは思わなかった。これも聖女となり女神となった彼女のおかげだね」


「んなこたぁどうだっていい!」


 俺は痛みを忘れ、力の限り跳び出した。

 エンディオーネの大鎌を振りかぶり、怒涛の連撃を繰り出す。


「どうしてあの子を殺したッ! 殺す必要があったかッ!」


「僕だって忍びないさ。あの子は機関で作り上げた作品の中でも最高傑作だった」


 丸腰のマシなんとか五世に、俺の攻撃はかすりもしない。片腕では限界がある。 


「けれど要らなくなった。ロートス・アルバレス。キミという存在が、過去の作品をことごとく無価値にしたんだ」


「なんだと……?」


「機関の集大成ともいえるプロジェクト・アルバレス。正統候補は神を滅ぼし自らがその座につき、異端の片割れは人の身のままに女神の御業に抗っている」


 朗々と語る男の顔は、この上ない喜悦に満ちていた。


「最高じゃないか! 僕のプロジェクト・アルバレスがこの状況を生んだ! 神を超越し、世界を滅ぼし、創造する! 究極の生命が誕生したんだよ!」


 悲願を成就した男の佇まいが、そこにあった。

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