怒涛
コッホ城塞内部は、見るも無残に変わり果てていた。
立派だった城塞はボロボロに崩れている。文字通り、城塞は砕け散っていた。
「不思議な場所ね」
さもありなん。
これだけボロボロになっているにもかかわらず、城塞はある程度の原型を留めている。
破片の一つ一つが浮遊し、通常の物理法則から外れたような様相を呈している。
それはまさに、砕け散りつつある瞬間を写真で切り取ったかのようだ。
「この場所は時間の流れが遅いんだ。本来ここは俺とアンの戦いで崩壊する運命だった。それを時間を操るスキルで延命してる。二千年前から、ゆっくりと壊れている途中なんだよ」
「だから世界の穴になってるのね」
「そういうことだ」
「主とあーしが戦ったことには、やはり意味があったのです。もしあの時あーしが主を襲撃していなけば、ここは創世に巻き込まれて消滅していたでしょう。すべては、この時のためだった」
過去の諍いは、往々にして向かうべき未来の礎になる。雨降って地固まるとはまさにこのことだ。
まぁ、そうなるかどうかは俺のこれからの行動次第だが。
瘴気を纏ったリリスを先頭に、崩れゆく城塞を慎重に進んでいく。目指しているのは『臨天の間』だ。かつてのマシなんとか五世の玉座。正面にそびえる巨大な塔は、相も変わらず威容を保っている。
「不気味でやんすな」
「ああ、静かすぎる」
あれだけの暴風に囲まれているのに、城塞内部は無音だった。風の音一つ聞こえない。ただ俺達の足音だけが響いている。
これが嵐の前の静けさだと気付いたのは、この直後だった。
「殺気!」
アナベルが叫んだ時にはもう遅い。
塔の頂上。『臨天の間』から放たれた閃きが、アナベルの脇腹を貫いていた。
「おいッ!」
反射的にアナベルを庇う位置に立つ。
その瞬間、無数の瓦礫が豪雨のように降り注いだ。
「族長!」
「やんすっ!」
フィードリッドとオーサが魔法障壁を展開。瓦礫を防ぐが、あまりの質量に障壁が悲鳴をあげる。
「いかんっ! 防ぎきれんぞ!」
「踏ん張るでやんす!」
これでもまだマシな方だ。なぜなら、リリスが撃ち出したいくつものレーザーが飛来する瓦礫の半数を撃ち落としているからだ。
その上で、横殴りの暴風雨のように巨大な瓦礫が降り注いでいる。
「アナベル! 大丈夫か!」
「ちょっと……まずいかも」
息が乱れ、声が擦れている。細い脇腹に丸い空洞ができていた。飛来した瓦礫にえぐり取られたようだ。
「心臓は外したけど……」
「いい。喋るな」
今にも破れそうな魔法障壁の中で、俺はアナベルに医療魔法をかける。
「ロートス! ここを離れるでやんす!」
「離れるっつったって! 障壁から出たら瓦礫の餌食だぞ!」
「主。あーしにお任せを」
瘴気のこもった魔力をチャージしていたアンが、その指先に漆黒の球体を練り上げる。
「あの塔を破壊します。よろしいですね」
刹那。壊していいものかと躊躇ったが、この状況で迷うのは大馬鹿だ。
「しゃあねぇ! やれ!」
「御意」
アンの放った漆黒の砲弾は、音速を超えて飛翔。飛来する瓦礫をものともせず、『臨天の間』に突き刺さり、爆発と共に黒い奔流を撒き散らした。




