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置き土産

 ほんの一瞬、気を失っていたようだ。

 目が覚めた時、まず感じたのは冷たい風。


 吹き荒ぶ気流が俺の全身を叩いている。

 眼前には青々とした空がある。はるか下方に、緑と青の地上が見えた。


「寒いな」


 高度があるせいで気温が低い。地上とは雲泥の差だ。


「パパ」


 背後から声。


「アナベル。平気か」


「平気だけど……ねぇ、ここって」


「ああ。世界樹の上だな」


 俺達は今、天高くそびえる世界樹の枝に立っていた。


「あっしもそれなりに長生きでやんすが、こんなところまで登ったのは初めてでやんす」


「ワタシもだ。エルフ史上初の偉業かもしれん。この高度ではドラゴンも飛ばんだろう」


 オーサとフィードリッドもいるのか。

 しかし他のエルフの姿が見えない。あの娘達はエンディオーネに導かれなかったのだろうか。


「主。あれを」


 いつの間にか隣に立っていたアンが、枝の先を指さす。


「コッホ城塞。随分と様変わりしたな」


 世界樹の枝の先端に引っかかるようにして、城塞は静止していた。

 不可視の結界は健在のようだ。だが、ところどころ剥がれており、隙間から懐かしい建物群が覗いている。

 そして城塞を囲うように、凄まじい暴風が渦を巻いていた。


「なんだあれは……っ」


 フィードリッドの驚きも当然だ。

 平穏な青い空に、数え切れない灰色の竜巻が暴れまわっているのだから。


「あの中に入ろうというのか」


「正気の沙汰じゃないでやんす」


 かもしれん。

 でもよ。


「こちとら、正気なんてもんはとっくに失ってんだよ」


 異世界転生した時から、ずっとな。


「パパ。コッホ城塞がここにあること、知ってたの?」


「ついこの間な。サラが教えてくれた」


「サラさんが? 会ったの?」


 会ったと言えるのかな、あれは。


「サラがコッホ城塞の在処を教えてくれたってことは、そこに何かがあるはずだ。世界の命運を握る何かが」


「なるほど。我々〝ユグドラシル〟の悲願成就の手掛かりがあると」


「ああ。そういうことだ」


「ならば臆してなどいられん。行こう」


 フィードリッドが張り切り始めた。軽い足取りで枝の上を駆けていく。


「待つでやんす! 何があるかもわからないというのに、勇み足を踏むなでやんす!」


 オーサが慌ててそれを追いかけた。

 枝といっても、世界樹のそれは数メートルもの幅がある。折れたり、足を踏み外したりすることはないだろう。


「ちょっと! パパ、あたしも行くわ。あの二人を止めないと」


 言いながら、アナベルも軽快に駆け出していった。


「主」


「ああ。わかってる」


 コッホ城塞。

 俺にとっちゃマジで因縁深い場所だ。あの場所がヘッケラー機関の本拠だった頃から何度も訪れた。

 そんでもって、俺の第三の生まれ故郷でもある。


「行こう。あそこで俺を待ってる奴がいる」


 色々な感情を抱きつつ歩き出そうとした俺の足に、軽くひっかかる物があった。


「これは……」


 俺はそれを拾い上げる。

 ずっしりとした金属の重み。

 エンディオーネの大鎌であった。

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