生きるということ
「あのスライムは、スライムとは思えぬほどの卓越した身体能力を有していました。それこそ、神性を帯びた者に匹敵する強さです。あの速さ、力強さは、本来この世界で新たに生を享けた主には手に入らないものです」
なるほど。『タイムルーザー』や『無限の魔力』に耐えうる肉体を持っているのは、アイリスが俺の内にいるからってことか。
たしかに、そう言われれば腑に落ちる。
「なら、ルーチェはどうなんだ」
「ルーちゃんはねー。ロートスくんの運命を保ったんだよ」
「保った、とは?」
アンが尋ねる。
「エレノアちゃんの創世が起きた時、生命の運命はリセットされた。ホントならロートスくんもそうなるはずだったんだけど、そうならないようにルーちゃんが守ったんだよ」
「運命を守る……? その説明だと、いまいちピンとこないんだが」
「運命ってゆーのは、自分の過去の行いが生んだ人生の軌道に乗るってことでしょ? それがリセットされるってことは、今までやってきたことがすべて無駄になっちゃうの。ルーちゃんはそれを阻止してくれたんだよ。ロートスくんが前の世界の記憶を持っているのが、その証拠だねー」
「もしルーチェがいなかったら、俺はまたすべてを忘れて、エレノアの世界でのうのうの暮らしてたのか」
危機感を覚える俺とは対照的に、エンディオーネは楽観的な笑いをあげた。
「ま、案外そっちのが幸せだったかもねー。だって、元の世界に送り返された時もそうだったでしょ?」
マーテリアに負けて元の世界に戻った時、俺はすべてを忘れて安穏な学生生活を送っていた。
「ロートスくんの隣にはずっとアカネちゃんがいてくれたし、何不自由なく豊かな日々を過ごしてたじゃない? 周りから見れば、絶対に人生の勝ち組だったじゃん」
「……確かに、お前の言う通りだ」
「ならさー、わざわざ苦労する道を選ばなくてもいいんじゃない? なんなら今からでも鍵を取り除いてあげられるよ? どぉ?」
実際、あの時の俺が幸せじゃなかったと言えばウソになる。
けど。
心の片隅にはいつも、満たされない感覚がへばりついていた。
まるで呪いのように。
「与えられた人生に、何の意味があるってんだ」
自分でも驚くほど強い声が出た。
「負けて、奪われて、自分が何の為に生きていたのかも忘れちまって……お情けみてぇな薔薇色の日常に放り込まれてよ。それが本物の人生って言えるか……?」
知らず、拳を握り締めていた。
「人生ってのは、そんな安くねぇだろ。辛さに耐えて、苦しみのど真ん中突き抜けてよ。戦って戦って戦って……そうやって作り上げていくもんだろうが」
それが、俺の結論だった。




