新たなる旅の兆し
数日後。
邸宅の前庭には、いくつかの馬車が並び、旅立ちの最終準備のために使用人達がせわしなく走り回っている。
俺は彼らに指示を飛ばしながら、自分の荷を確認したり、旅路を共にするアナベルやアンの様子を窺ったりしていた。
突然の来客があったのは、まさにそんな忙しい時だ。
開け放しにされていた邸宅の門を通って勢いよく駆け入ってきたのは、馬に乗った金髪の少女。
「公子!」
イキールだった。
馬を急停止させた彼女は、嘶きを背に馬から飛び降り、俺に詰め寄る。
「聞いたわよ。グランブレイドに行くって、どういうこと?」
そこそこの剣幕で肉薄されたので、俺はいささかばかり戸惑った。
「陛下から聞いていないのか?」
小声で尋ねると、それに合わせてイキールの声も小さくなる。
「聞いてないわ。あの日からお会いできてないし」
「なるほど。だから直接来たんだな」
「そうよ。一体どういうことなの」
「ふむ。ここじゃ周りの目もある。中に来い」
俺はイキールの細い腰に手を回し、邸宅の中へエスコートする。
不服そうにしながらも、イキールは抵抗しなかった。
シエラを含むメイド達が目をキラキラさせていたのは、まぁどうでもいいことだ。
その後、自室で二人きりになった俺達は、遮音魔法を発動させてテーブルにつく。
「きちんと説明してくれるんでしょうね」
「ああ、ああ。もちろんだ。落ち着け」
あからさまに不機嫌な面持ちのイキールに、両の掌を見せる。
「この前のテロ事件を受けて、グランブレイドの使節団に護衛をつけることになったんだ。招いたのはこちらだし、向こうには王女もいる。責任を持つべきだと考えたのさ。国際的な体面もある」
「それは陛下のご意向なの?」
「俺から陛下に上奏して、許可を得た」
「でも、グランブレイドは信用できないわ。先日の事件だって、彼らが起こしたものかもしれないのよ」
「連中は俺の邸宅でずっと面倒を見てた。その発言は、アルバレス公爵家に対する非難になるぞ」
イキールはぐっと口を噤んだので、俺はふっと笑ってみせた。
「そう凄むな。今のはちょっとした意地悪だ。愛しの婚約者へのな」
「あんたね」
「俺が同行するのは、連中への監視の意味も含めてだ。ほったらかしにして帰らせるよりその方がいい。陛下もその意図を汲んでおられるだろう」
「それは……そうね」
どうやらイキールは納得してくれたようだ。
色々と話したが、すべては建前だ。
俺の思惑は、グランブレイドの護衛という口実を背に、国外を脱しエルフの森へ向かうこと。
つまり、デメテルに怪しまれることなく〝ユグドラシル〟と接触できる機会を作ろうというわけだ。
現状を利用した完璧なる計画。
俺はまさに天才だった。




