権力を持つと偉そうになる
応接室には俺とイキールと騎士の三人だけになった。
どうやら彼女も緊張しているようで、移動中も沈黙が続いていた。
メイドが淹れたお茶を一口含んでから、俺はまずイキールに手を向ける。
「彼女は俺の婚約者で、イキール・ガウマン侯爵令嬢だ。未来の公子妃として、今回の場にも参加してもらう」
「ガウマン侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」
しっかりとした礼に対して、イキールは明らかに懐疑的な目を向ける。
俺は耳打ちせざるをえなかった。
「おい。形だけでも友好的にしろって」
耳元で囁かれたことにびっくりしたのか、イキールはさっと体をよじらせる。
それから、こほんと咳払いをして会釈した。
「この度は遠路はるばるご苦労さまです。栄えあるグランブレイドの近衛騎士様にお会いできて光栄です」
「恐縮でございます。ご令嬢」
イキールの奴、なんか険があるな。異端信仰のグランブレイドに対してだからかな。
「公子さま。王女殿下について、何をお聞きになりたいでしょうか?」
「そうだな……じゃあまず一番気になっていることから尋ねようか」
俺はもう一度お茶を口につけてから、かちゃりとティーカップを置いた。
「コーネリア殿下はなぜ、影武者をお使いに?」
俺の射貫くような視線に当てられ、騎士は見るからに狼狽した。
「えっ?」
イキールが驚く。
「ねぇ。どういうこと?」
「仰っている意味が、よくわかりません」
騎士は震える声で否定するが、それはもう肯定しているようなものだ。
「一国の姫君がこれくらいで狼狽えてちゃいけないな」
「ねぇ公子。だからどういうことよ」
「わからないか? さっきの黒ずくめは王女じゃない。本物のコーネリア王女は、この人なんだよ」
「……なんですって?」
イキールの目つきが変わった。
強い眼光を向けられたコーネリアは、すでに腰の剣に手をかけていた。
「おっと」
だが次の瞬間には、その剣は俺の手の内にあった。
「なっ! いつの間に……!」
「俺は話をしようと言ったはずだぜ。こんなもんお喋りの場には似合わないだろ」
ぽいっと剣を床に放る。
「……何が目的で私をこの国に呼んだのですか」
「勘違いしないでくれよな。影武者に気が付いたのはついさっきだ。グランブレイドの偽装は完璧だった」
「ならばなぜ、私がコーネリアだとわかったのですか」
俺はコーネリアの顔と名前を知っていたし、グランブレイドの王の名がサーデュークであることも分かっていた。
前世界の記憶と照らし合わせれば、自ずと答えは出てくる。なぜかこの世界には、前世界と同じ人間が生きているしな。
ところで、もしコーネリアに前世界の記憶があるなら、こんなやり取りにはなっていないはずだ。
反応からして、イキールがいるからとぼけているとも考えにくい。
つまり前世界の記憶があるのは、影武者の方だ。
「本当にわからないのか?」
説明するのも面倒だし、とりあえず威圧して誤魔化そう。
俺の凄まじい威圧感に当てられたコーネリアは「ひっ」と声を漏らして肩を竦めた。
「この俺を誰だと思っている。デメテル一の家臣アルバレス公爵家に対して、影武者などという策を弄するとは。デメテルに翻意があると判断していいか?」
「も、申し訳ございません! 決してそのようなことは……!」
すぐさま床に手をつき、頭を下げるコーネリア。
仮にも一国の王女に跪かせるなんて。アルバレス公爵家の権威をひしひしと感じる。
「小公爵様! これには理由があるのです! どうかお聞きください!」
必死に頭を垂れるコーネリアを見て、なんだか申し訳なくなってくる。
俺もそんなことさせるつもりじゃなかったんだけど。イキールの手前なぁ。
「いいわ。その理由とやらを聞きましょう」
イキールはイキールで、やっぱり偉そうである。
「公子もそれでいいわね?」
「いいよ」
コーネリアはほっとした様子だ。
「ありがとうございます。実は――」
ぽつりと、影武者の理由を話し始める。




