実になじむ
アナベルが屋敷に来てから、早くも一か月が経った。
最初は困惑していた使用人達も、アナベルの人柄に触れ心を開いていった。
「坊ちゃまが奴隷を買われたなんて聞いた日にはどうなることかと思いましたけど、今ではれっきとした屋敷の一員ですね。アナちゃんが来てくれてみんな喜んでますよ」
「そいつはよかった」
魔法学園から帰宅した俺を待っていたシエラが、朗らかな笑顔でそんなことを言った。
「家事も率先してやってくれますし、手際もいいんです。そこらのメイドなんかよりずっと有能ですよ。この前なんか、合わなかった帳簿の計算をすっと終わらせてくれて、執事長も絶賛でした」
「さすがは俺の娘。天才か」
「娘?」
「ああいや。そんなに優秀なら、養子にでも迎えるのもいいかと思ってな」
「ご冗談を。アナちゃん十六歳だって言ってましたよ。坊ちゃまと同じ。親子って年齢じゃありません」
「わかってるよ。ただの戯れだ」
「それにしても、どうしてあんな子が奴隷なんかになってるんでしょう?」
「さぁな。そういうデリケートな部分には触れない方がいいんじゃないか」
「あら意外。坊ちゃまからそんなデリカシーのあるお言葉が出るなんて」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
そんな会話をしつつ自室に戻ると、アナベルがソファの上で横になり、眼鏡をかけて読書に耽っていた。
「ただいま」
「パパ。おかえり」
本を置いて眼鏡を外したアナベルは、姿勢を起こしてうんと背伸びをする。
「今日はどうだった?」
「相変わらずだ。まだ何も起きない。『アウトブレイク』が近いって話だったんだけどな。アナベルはなんかわかったか?」
「こっちもさっぱりね。森とも連絡を取ってるけど、時間異常の痕跡は見つからないって」
「ふむ……こう何も進まないと、もどかしいな」
「でも、明日でしょ? グランブレイドからお客が来るの」
「ああ。なにか進展があればいいんだけどな」
明日はこの屋敷に、グランブレイドの王族を招く。
フィードリッドからの情報によると、どうやら前世界の記憶を持っているのは第一王女のようだった。
「そういえば、グランブレイドの王女ってどんな人なの」
「それがわかんないんだよな。王女の情報は徹底的に隠されてる。肖像画は一枚もないし、国民の前に出る時は顔を隠してるらしい」
「それなのにここに来るの?」
「俺の熱烈なラブコールが通じたんだな」
アナベルの眉がハの字に下がる。
「なんて書いたの?」
「あん時みたいになりたくなかったらさっさと来いって」
「よくわかんないけど、前の世界のことをほのめかしたってこと?」
「そーゆーこと」
実のところ、三人目の記憶持ちが誰なのかは、名前を調べればすぐにわかった。
知ってしまえば、なるほど、妥当な人物だった。
創世の影響から逃れられそうな奴は、たしかにあいつくらいしかいないし。
明日会うのが、楽しみになってきたぜ。




