やっぱ信用されてないんか
夕方になった。
俺は商人ギルドが取引に来るという学園倉庫に向かう。
学園の物資を保管している場所で、とりわけ厳重な警備が敷かれている。
もちろん俺も門番に止められた。
「申し訳ありませんが、ここは学生は立ち入り禁止です。お引き取り下さい」
青年の警備員は、真面目に仕事をしているようだ。
「ああ。俺はただの学生じゃない。学園に来る商会に用があってな」
言いながら、羽織ってきたマントの紋章を見せる。
「それはっ、アルバレス公爵家の獅子心紋……! そうでしたか! どうぞお通り下さい!」
やったぜ。
こういう時は権力の便利さを実感する。
倉庫の敷地内は多くの商人達でひしめいていた。すごい活気だ。また、大量の物品が積み上がっている。
魔法学園は数千人の生徒を抱え、同じだけの職員がいるという。これくらいの物資はいるのだろう。
さて、俺はラビアン商会を探さなければ。
敷地に並ぶ馬車の列を見回すと、それはすぐに見つかった。
荷馬車五台くらいの小規模な商会。馬車の荷台に大きくラビアンという文字が刻まれている。
「ちょっといいか? 商会長と話がしたい」
俺はすぐさま商会の人間に話しかけた。
「商会長は私ですが……なにか御用ですか?」
ぱりっとした装いの妙齢の女性だ。
「ロートス・アルバレスだ。荷物を受け取りに来た」
言いつつ、用意していた百万エーンを取り出す。
「これは失礼。公子さまでしたか。森の得意先から事情は窺っております」
商会長は部下に合図を送り、荷馬車の積み荷を下ろさせる。
それは、まさに人一人入って余裕があるくらいの大きな木箱だった。
「それではお金を数えますので、しばしお待ちください」
渡した金を部下に数えさせながら、商会長は営業スマイルをつくる。
「いやぁ。しかし……我々も奴隷商として国内を渡り歩いておりますが、あのように珍しい商品を運ぶのは初めてでしたよ」
「奴隷商? ラビアン商会は奴隷を扱うのか?」
「おや? ご存じなかったのですか? これでも多少は名の知れた商会だと思っていたのですが……いやはや、自惚れだったようです」
なるほど。
人を運ぶには奴隷商が適任か。
「なら俺は、奴隷を買ったことになるのか」
「建前はそうなるでしょう。公爵家のご長男が奴隷をお買いになる。何もおかしなことはないように思います」
「公爵家は奴隷を所有しているが、俺個人が持ってるわけじゃないからなぁ」
「ご心配なく。建前といっても商会内での話です。大切な顧客の情報を漏らすことはありません」
「それならいいが」
あとは、この箱をどうやって持って帰るか、だが。
そもそも持って帰る必要あるのか?
中に人が入っているのなら、ここで開けて解放してしまっていいような気がする。
というか、中に誰が入っているのか。早く知りたくて仕方がない。
いや待て。
「本当にこの箱か?」
「と、仰いますと?」
「この中身だけどさ……」
目の前に下ろされた積み荷に手をかけようとした、その瞬間。
「あら、奇遇ですね」
現れたのはイキールだった。
制服のスカートを涼しい春風になびかせ、一見フレンドリーな瞳を俺に向けている。
「イキール嬢」
「意外ですわ。小公爵様は商売もされるのですね」
ポーカーフェイスな微笑でラビアン商会の馬車団を眺めている。
「普段はやらないが、今回は入用でな。知り合いに仲介してもらった」
「黒い噂の絶えないラビアン商会に? 一体なにを仕入れたのか、とても気になりますわ」
イキールの登場によって、商会長は口を閉ざした。奴隷の流通は合法だが、人間に値段をつけるということに忌避感を持つ者も少なくない。
ガウマン侯爵は清廉潔白で知られる貴族であり、奴隷制度に反対していることでも有名だ。その娘であるイキールも同じ思想を持っているだろう。
面倒な奴に見つかっちまった。
「買った物が気になるなんて。イキール嬢は、素っ気ないふりをしながら実は俺に気があったんだな」
「まぁ。天下の小公爵様がどんな目利きをされたのか気になるだけですわ。他意はありません」
にこりと笑うイキール。自然体で安定感のある微笑みだ。これが社交会を生き抜く建前の仮面かぁ。
「見たいと言うなら見せてやってもいいぞ。ほれ」
俺は躊躇なく木箱の蓋を開く。
中を覗き込んだ俺達の目に映ったのは、大量の食材やワインなどの嗜好品だった。
「これは……」
「近々うちに賓客を招く算段があるんだ。これはその準備の一環だ」
「パーティでもされるのですか」
「そうだ。グランブレイドの王族を招待する」
「なんですって……?」
イキールの目と声色が変わった。
「どういうつもり? あの国は……」
そこまで言って、イキールは商会長を一瞥する。部外者を前に、異端信仰だの〝ユグドラシル〟の協力者だのは言えまい。
ま、目の前にその協力者がいるんだけどな。
「俺は魔法学園への入学を機に隣国の王族と交流を持とうと思ってる。幸いなことに、俺の放蕩ぶりは国外にまで轟いてるからな。向こうの警戒も薄いだろう。探りを入れるなら適任だ」
「勝手なことをして……」
もはや体裁を取り繕おうとはしない。
「ラビアン商会は、いつからこんなものを扱うようになったのかしら」
イキールに睨まれて、商会長はやっと口を開く。
「これは心外です、お嬢様。わたくし達はもともと真っ当な商品を取り扱っております。ご存じのように珍品にも手を出しておりますが、そちらで知られてしまうのは取り扱う商会が少ない故です」
「そう」
商会長を詰めても無意味だと悟ったか、再び俺を見上げるイキール。
「このことは陛下にお伝えするわよ」
「かまわんよ。俺の忠臣ぶりをアピールしておいてくれ」
イキールはもう一度荷物の中身を検めると、用は済んだとばかりに足早に去っていった。
ちょっとだけヒヤヒヤした。
商人達の活気で周囲が騒がしかったことをいまさら思い出す。
「あれがガウマン侯爵令嬢ですか。噂通り、苛烈なお嬢さまみたいですね」
「ああ。かわいいだろ?」
商会長は肩を竦める。
「助かったよ。荷物を偽装したんだな」
「ある意味ここは敵地ですからねぇ。念には念を入れる。後ろ暗い私達には欠かせない心得です」
「本物はすでにお屋敷にお送りしております。ご確認ください」
ふーん。
敵を欺くにはまず味方から、ってか。
「やり手だな。ラビアン商会は」
「では、よろしければこちらの荷物もお買い上げなさってください。先ほどの話から察するに、きっと必要になるでしょう」
「はは。商魂たくましいな。いいだろう」
「ありがとうございます。どうぞ、今後こもご贔屓に」
考えておこう。
使えるものはなんでも使うさ。
俺はもう、なりふり構っていられないからな。




