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束の間の平和

 俺は即日学園に復帰した。

 先日のクラス分け試験はトラブルに見舞われたものの、俺は無事に真ん中のエリートクラスに所属することになった。

 ちなみにヒーモもそうだし、エマも同じだった。


「一週間とはいえ、授業の遅れを取り戻さないけないよな。吾輩が教えてやろうじゃないか」


 講義室で隣に座るヒーモが、鼻高々に言った。


「あたしも、微力ながらお手伝いさせていただきますね」


 エマも控えめに、俺の隣で微笑んでいる。

 ヒーモとエマに挟まれた俺は、なんとなく居心地悪く感じながら、授業を受けることになった。

 講義室の前に浮かぶ魔導ディスプレイには、初歩的な魔法の理論が展開されている。


 正直、授業は簡単すぎた。

 というのも、俺は学のないボンクラ公子で通っているが、実はかなり魔法学に精通している。

 公爵家に産まれて十六年間。俺は多くの時間を魔法の研鑽に費やした。公爵家にはあらゆる魔法書が所蔵されていたし、都合のいいことに俺の体は文字通り『無限の魔力』を有していた。

 これはおそらくエレノアから与えられた加護。


 つまり、スキル。この世界で俺のみが持つ特別な力だ。

 なぜ『無限の魔力』があれば都合が良いか。

 筋トレをするにはそれなりの体力が必要なように、魔法の練習をするにも魔力が必要不可欠だからだ。魔力があればあるほど練習量を増やせる。時間が許す限り魔法の研鑽ができるというわけだ。


 同年代と比べれば、座学も実践も桁違いに優れている。これは自惚れではなく、紛れもない事実だ。

 だが、世の人々はそれを知らない。


「ロートス・アルバレスくん。この術式を構築してくれるかね?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるのは、教壇で講義をする中年の教師だ。

 その目には明らかな揶揄の色がある。

 なんと、ディスプレイに表示されているのは、ルーン文字の羅列だ。構造は単純だが、高い魔力操作の精度を要する術式だった。


「なんですか、あれ。見たことない術式ですね」


 エマが眼鏡を曇らせて戸惑っている。


「あれは……光魔法の魔導術式?」


 ヒーモは大袈裟に驚いていた。


「バカな! あんなもの、入学したての学生が学ぶような術式じゃないぞっ」


 しかし教師は笑みを崩さない。


「アルバレス公爵は優れた光魔法の使い手と聞く。その令息であるロートスくんもまた、さぞ高度な教育を受けていることだろう。それに、これは簡単な照明魔法。光魔法としては基本の魔法だ。天下のアルバレス公爵家の跡継ぎが、よもやできないとは言うまい。同級生達にお手本を見せてやるのも、高貴なる者の務めではないかな?」


 なるほど。

 この教師、アルバレス公爵の政敵だろう。

 うちの家門と対立する派閥の貴族が、教師という立場を使って俺に恥をかかせようとしている。


 普通の新入生であれば光魔法なんか使えなくて当たり前。基本といっても、光魔法というだけで上級の魔法なのだから。

 しかし俺はアルバレス公爵家の人間だ。その尊貴なる血が、できなくて当然という甘えを奪っている。たとえ怠惰で無能なボンクラ公子だとしても。


 見れば、クラスメイト達の大半がこの状況を面白がっている。

 困惑しているのは、ダーメンズ派の数人だけだ。


「ちょっと待ってください! 公子さまはテロリストに誘拐されて、昨日帰ってこられたばかりなんですよ! それなのにこんなことさせるなんて……」


 エマが立ち上がって抗議する。

 ヒーモもそれに続いた。


「エマくんの言う通りだ! 人としての情がなさすぎる!」


 しかし、教師は頑なだった。


「君達が何を言おうと、ロートスくんにはお手本を見せてもらう。これは決定事項だ」


「横暴だっ」


 更にいきり立つヒーモを、俺は手で制した。 


「かまわない。やるよ」


「ロートスしかし」


「何事も挑戦さ」


 俺は立ち上がり、ヒーモとエマを座らせる。


「先生。公爵家の跡取りと言っても、なにぶん俺は不出来な息子なもんで、失敗するかもしれないけど、かまいませんかね?」


「なんと。保険をかけるとは情けない」


 くすくす笑いが講義室に満ちる。


「まぁよい。さぁ、はやく見せてくれ。小公爵の実力を」


 クラスメイト達の視線に囲まれながら、俺は右手を掲げた。


「うおお」


 ピカッ、と手が光ると、そのまま光が教師を照らす。

 そして、教師の服を透かしてしまった。


「え……! きゃああああ!」


 女子達の悲鳴が響く。

 教師は服を着ているはずなのに、完全に全裸に見えていた。


「な、なんだこれは!」


 照明魔法ではない。透過魔法だ。

 本来は壁の向こうなどを見る為のものだ。

 そして今、教師の服だけを透かしている。


「やめろ! いますぐ魔法を止めるんだ」


 教師は走りまわって魔法を避けようとするが、俺の光からは逃れられない。


「止め方がわかりません。なにせ、ボンクラ公子なもんで」


「うおおおヤメロォォォォォォォ!」


 教師はその愚息を露わにしつつ、女子達の悲鳴と罵声を浴び続けていた。

 講義どころではなくなったのは、言うまでもない。

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