嵐の前の静けさ的な言葉が出てきた
「勘違いしないで。癇に障るわ、その顔」
「寂しいなぁ。俺はイキール嬢のことが心配でたまらなかったってのに」
「あんたに心配されるほどか弱くないわ」
「そういう問題じゃねーの。互いを想い合う心のハナシだろ?」
「お生憎様。あなたは私にとって一時的な協力者に過ぎないわ。パーティを組んだことも含めてね」
「こいつは手厳しい」
一笑いした後、俺は咳払いをする。
イキールが何を聞きたがっているかは一目瞭然だ。
「冗談はさておき。実際のところ、エルフについてはさっぱりわからなかった。ずっと牢屋に閉じ込められてたからな。辛うじてわかったのは、あいつらに肌を隠すという概念がないってことだけだ」
「なにそれ。服装の話? もっとあるでしょう? 奴らの会話の中にヒントはなかったの?」
「そのあたりは徹底してたよ。送り返すつもりの奴に情報は漏らさないだろ」
イキールは唇のヘの字にしている。不服そうだ。
「あ、いや待てよ……」
「なに?」
「そういえば、あいつらの話しぶりから察するに、協力者がいるって感じだった。国内外に」
「……それが本当なら、由々しき事態だわ」
だろうな。
「協力者が誰だかわかる?」
「そこまでは。ただ、グランブレイドのお偉いさんってことは推測できた。王族って単語が出てきたからな」
「グランブレイドの王族ですって? あいつら……!」
「確実じゃないぞ。俺の邪推って線もある」
「いいえ。以前からグランブレイドには疑惑があった。あなたの口からその名が出てきたってことは、あの国がクロなのはより濃厚になったわ」
「そうなのか?」
俺がグランブレイドの名を出したのは、オーサにそう言われたからだ。
というか、エルフはグランブレイドの王族とは接触できてないのに、以前から怪しかったってどういうことだろう。
「グランブレイドが〝ユグドラシル〟とつるんでるのか?」
「確証はないわ。でも、グランブレイドは異端信仰の国でしょ」
そうなのか。
「女神エレノアの導きじゃなく、独自の宗教観を持ってる。そこにきて今回〝ユグドラシル〟が発表した声明に『外なる神との交信』というフレーズがあるの。これが無関係だとは思えない」
「異端信仰……女神エレノアに反逆するってか」
「愚かな連中ね。創世神に楯突くなんて。不信心の極みだわ」
「奴らには奴らなりの考えがあるってことなんだろう」
かく言う俺も、どうしたって〝ユグドラシル〟寄りの考えにならざるをえない。
「皇帝陛下は今回の件についてどのようにお考えだ?」
「神敵を滅する。そう仰せになったわ」
「話し合いはナシか」
「そういうこと。エルフは女神の御心を解さない。心を持たない草花と同じよ。それに同調する輩もね」
植物にも心はあるだろう、という話は置いといて。
この世界の創世の真実を知る俺的には、イキールの言には賛同しづらい。
知らぬ故にエレノアを崇めるのか。
あるいは知ってなお平和を享受するためにエレノアを支持するのか。
それとも俺のように、いばらの道と知りながら現実に戻る道を選ぶのか。
何が正解で、何が間違いなのか。そんな陳腐な問いかけが思い浮かぶ。
いずれにしろ、俺の進む道は決まっている。
「これからどうするんだ?」
「私達は『アウトブレイク』に備えるわ」
「なんだそれ?」
「ダンジョンの外にモンスターが出てくる現象よ。現世における『ペネトレーション』一歩手前の状態ね」
「ダンジョンモンスターが外に出てくるのか……場所によってはまずいことになるな」
民間人に被害が出ちまう。
それは夢見が良くない。
「すでに国中でダンジョンの閉鎖を進めてる。陛下はデメテルの王侯貴族が保有するすべての軍事力と、冒険者を動員して『アウトブレイク』に備えるおつもりよ。魔法学園にも通達が来ているはず。あそこには『クロニクル』と『リベレーション』があるからね」
「『ペネトレーション』が起こった今、その二つもセーフダンジョンじゃなくなってるよな?」
「ええ。もし『アウトブレイク』が起これば、魔法学園の生徒達も駆り出されるでしょうね。でなければ、何の為に魔法を学んでいるのって話だし」
イキールはそこで言葉を切り、じっと俺の目を見つめた。
「あなたの力が必要になる」
それは本心からの言葉だった。
「オー・ルージュと私を退けたあなたの強さは、かならずデメテルを守る力になる。って、わざわざ私が言わなくても、アルバレス公爵家の跡取りとして戦う覚悟はできてるんでしょう?」
「任せておけ。美人の頼みに弱いのが男って生き物だ」
「へぇ。そうなの」
相変わらず素っ気ない。
その時だった。
部屋の外から、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「いけませんヒーモ様! 坊ちゃまは大切なお客様の応対をされております!」
「なにを! 吾輩以上に大切な客などいるものかよ! ええい離せシエラ嬢!」
「いいえ離しません! 坊ちゃまの逢瀬……いえ応接の邪魔をさせるものですか!」
なにやってんだか。
「お邪魔みたいね。私はこれでお暇するわ」
「ああ。今後も情報共有をしよう」
イキールは頷く。
そして、部屋の扉が勢いよく開いた。
「ロートス! よくぞ帰ってきた! 吾輩は心配したぞ!」
「申し訳ありません坊ちゃま! ヒーモ様が勝手に……!」
ヒーモはイキールの姿を見つけると、目を丸くした。
「キミは……あの時のいけ好かない侯爵令嬢……! なぜキミがここに」
「ただのお見舞いよ」
立ち上がったイキールは、そのまま部屋を出ていく。
「じゃあね」
その背中を見送り、部屋には沈黙だけが残る。
まさに嵐の前の静けさ。
これからの波乱を暗示する感じだった。




