世界最強のモンスター
セーフダンジョン『クロニクル』の中には、深い森林が広がっていた。
空は暗く、星もない。
しかし森の中は不思議と視界が鮮明で、照明を必要としなかった。ダンジョンが異界であることを実感する。
「二十分以内に最奥部のメダルを取ってくればいいんですよね?」
木々に挟まれた道を歩きながら、エマが言う。
「ここは三階層しかないので、すぐにつくと思います。ボスのヒュージ・リザードも弱いと言われていますし」
「そうね。でも油断は禁物よ。ダンジョンでは何が起こるかわからないわ」
イキールの言葉に、エマは気を引き締める。
試験は順調に進んでいるし、ダンジョンの中にも異常はない。幸いペネトレーションは起きていないようだ。
「さくっと終わらせよう」
俺達は土の地面に設けられた下り階段を進み、第二階層へと下りる。
そこでやっと、モンスターが出現した。
「あ、ラットマウス」
まるでモルモットのような小型モンスター。子どもでも簡単に倒せるようなザコである。
それが数匹、道の真ん中でうろちょろしている。
「無視でいいんじゃないか?」
「いえ、倒しましょう。もしかしたら評価内容に含まれているかもしれません」
言いながら、エマはラットマウスに向けて掌を向ける。
「見ててください公子さま。あたしの魔法でやっつけます」
「ん」
「フリジットアロー!」
エマが放ったのは、結晶を纏う氷の矢だ。
フレイムボルトより威力に劣るが、弾速や精度で勝る。
風を切って飛んだフリジットアローは、一匹のラットマウスを貫き、一瞬にして凍り付かせた。
「あ」
だがそのせいで、他のラットマウスは一目散に逃げていった。逃げ足だけは速いな。
「すみません……」
「別にいいだろ。一匹仕留めたんだ。戦果は戦果だ」
逃げた奴らは、放っておいても脅威にはならないし。
エマが肩を落としているのは、俺に実力を示さなければならないからだろう。どうやらプレッシャーになっているようだ。
「先に進もう。チャンスはまだある」
「……はい」
それから俺達は、ザコモンスターを掃除しながら最奥部まで突き進んだ。
言うだけあって、エマは魔力のコントロールが上手く、高い精度が求められる魔法を使いこなしていた。モチベーションの高いエマは、先行してラットマウスを狩りまくっている。
反面、イキールは黙ってついてくるだけだ。その表情は険しく、周囲に気を張り巡らせているみたいだった。
「ペネトレーションを警戒しているのか?」
エマに聞こえないよう、小声で話しかける。
「念の為よ。ここは学園の管轄だから、万が一がないよう教師たちが頻繁に魔力の流れを調整してる。だから、よほどのことがない限りペネトレーションは起きないと思うわ」
「よほどのことってのは、たとえば?」
「そうね。侵入者が人為的に魔力の歪みを生じさせる、とかかしら」
「現時点でその兆候は見られないな」
そんな会話をしているうちに、俺達は最奥部へと辿り着いた。
暗い森の中にぽっかりと開けた空間がある。ボスモンスターの領域だ。
そこには、ドラゴンっぽいヒュージ・リザードがいるはずだった。
「あ、あれがヒュージ・リザード? おっきいですね……」
その姿を見たエマは、完全に委縮してしまった。
鋭利かつ巨大なシルエット。ちょっとしたビルくらいのでかさだ。全身の鱗は漆黒と濃い紫で配色されている。
俺にとっては、見覚えのある威容だった。
「ちがう……!」
イキールが乾いた声を漏らす。
「あれを見て」
指さしたのは、巨大で獰猛な口だ。そこには、一体のモンスターが咥えられ、動かなくなっている。その体格の差は明らか。まるで実車とミニカーくらい違う。
「あれがヒュージ・リザードよ」
「……え? あの、食べられてる方が? じゃあ、このモンスターは……」
「二人とも下がれ」
俺はエマとイキールの前に出ると、腰の剣に手をかけた。
「あれは、エンペラードラゴンだ」
激烈な殺意を孕んだ厳めしい双眸が、ぎょろりと動いて俺達を見た。
「イキール! エマを連れて逃げろ!」
エンペラードラゴンの殺気を受け、俺は剣を抜き放つ。
「だめ……! 出口が……!」
見れば、開けた空間を囲むように、木々の根や枝が伸び、うねり、絡まっていく。そして俺達を取り囲む牢獄のように、瞬く間にドームを作り上げた。
「おいおい……」
「ペネトレーションだわ……! よりによってこんなタイミングで」
イキールが眉を寄せ、エマは絶句している。
「やるしかないか……!」
逃げられない以上、戦うしかない。
「いくぞ」
先手必勝だ。
俺は地を蹴り、疾走する。
音を置き去りにする速度をもってエンペラードラゴンに肉薄。その腹部に、渾身の突きを叩き込む。
だが。
「かってぇ」
頑丈な鱗を貫くことはできず、俺の剣は容易く弾かれてしまう。
巨大な尾による反撃を華麗にかわし、俺は敵と距離を取る。
「これならどうだ」
俺は左拳に魔力を集中させる。
「フレイムボルト――」
そして、拳を開いて高く掲げた。
「――レインストーム!」
頭上に拡散した無数の粒子が爆ぜるように燃え上がり、数百の火球と化す。
それらは横殴りの豪雨となって、エンペラードラゴンに襲いかかり、次々と着弾して猛烈な爆発を生じさせた。
「す、すごい……!」
驚愕するエマ。
「これほどの魔力……人間が持てるものなの……? 宮廷魔導士でも、こんな魔法撃てないのに」
イキールも俺の凄まじさに驚いているようだった。
おそらく、この攻撃で敵は沈んだだろう。生きていたとして、戦闘不能に陥っているに違いない。
爆炎が晴れる。
「なんだと?」
エンペラードラゴン、健在。
意外だったのは、ドラゴンを守るように巨大な魔法障壁が展開されていたことだった。
そして、数人のローブの人物が、爆炎の中から姿を見せた。




