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バランスのいい三人組

 クラス分け試験は順調に進行しているようだった。

 各パーティが順番に挑んでいき、終わった後は喜んだり悔しがったりしていた。


「ガウマン侯爵令嬢、遅いですね」


 隣でエマがぽつりと呟く。

 俺達はイキールを待たなければならない為、順番が後回しになっていた。

 神殿の片隅で壁を背に座り込むエマは、どことなく所在なさげだ。


「エマ嬢」


「は、はいっ。なんでしょうか」


 話しかけられると思っていなかったのか、急に居住まいを正すエマ。


「この際だから、君の口から聞いておきたい。俺に近づいてきた理由。建前じゃなくて本心をな」


「……それは」


「言ったろ。俺は欺かれるのが嫌いだ」


「……正直に申し上げても、お怒りになりませんか?」


「約束しよう」


 エマは意を決したようだった。


「あたしの家は、没落貴族です。古い家ですので権威はありますが、財に乏しく、借金は増える一方。ですから、公子さまとお近づきになって、家門と一族を救って頂こうと」


 予想通りだな。


「老いた両親に力はありませんし、妹達もまだ幼いんです。あたしがなんとかしないと、テオドア家は二度と日の目を見ないでしょう」


 エマは唇を噛みしめる。


「もちろんあたしなんかを正妻にして頂けるとは思っておりません。ですがせめて、愛妾として置いて下さればと……あたし、頑張りますから」


 妾とな。そこまでは考えてなかった。


「頑張るって何を?」


「えっと……それは、あの。あたしにできることであれば、なんでもします」


「たとえば?」


「その……あれです」


「あれって?」


「よ、よ、夜伽……とか」


 俺は額を押さえて天を仰いだ。

 言わせておいてなんだが、十六歳の少女にこんな覚悟をさせるとは世の無情を痛感する。政略結婚が常の貴族とはいえ、その制度に虚しさすら覚えるぜ。


「申し訳ありません。やっぱり無理ですよね。あたしみたいな貧相な女なんか……」


「そういうことじゃない。家のために、好きでもない男に身を捧げないといけないっていうのが、いまいち納得いかないだけだ」


「没落貴族の女なんて、そんなものですよ」


 エマは力なく笑む。


「自慢じゃありませんが、あたしって魔導士としては優秀な方だと思うんです。地元じゃ一番覚えがよかったですし、モンスターと戦ったこともあります。でも……いくら勉強しても、魔法の実力をつけても、政争に負けたテオドア家には返り咲くチャンスすら与えられないんです」


「それで俺に取り入ろうと?」


「……はい」


「ボンクラ公子なら、ちょっと色仕掛けすれば篭絡できると思った?」


「……すこし」


「はは。正直でいいな」


 俺はエマの頭をぽんと叩く。


「既得権益。派閥争い。貴族ってやつは、華やかな分しがらみも多い。俺はな、エマ嬢。そういう面倒事はあんまり好きじゃないんだ」


 エマは俯いてしまう。


「俺は、そういったしがらみとは関係なく頑張る奴が好きだ。君が優秀だというなら、それをこの試験で証明してみせてくれ」


「え?」


「家門も派閥も関係ない。ただ実力をもって、俺は君を判断しようと思う。それでどうだ?」


「それって……」


「君がパーティメンバーとして有能なら、今後もお願いするかもしれない。今回、俺とパーティを組んだのは、君が自分の力で掴んだチャンスだろ? この機会を次に繋げられるかどうかは、君の頑張り次第ってことだ」


「は、はいっ! そういうことでしたら……お役に立てるよう頑張ります!」


 エマは驚き、あるいは喜び、立ち上がって拳をつくった。


「その意気だ」


 人間関係ってのはシンプルな方がいい。

 もちろん現実は厳しい。人の繋がりは複雑になりがちだが、酷な現実に囚われたままいるのは、困難に屈したことに他ならないのだから。

 このやり取りによって、俺とエマの間にあったしがらみは、幾分か解けたんじゃないだろうか。

 そう願う。


「あ」


 ふと、エマが神殿の入口に目をやる。

 その目線を追うと、三人目のパーティメンバーの姿があった。

 神殿内がざわつく。


「ガウマン侯爵令嬢だ……!」


「なんて麗しいの……まるで女神エレノアに仕える天女のごとき美貌だわ」


「しかも彼女の剣技は、可憐な容姿からは考えられぬほど冴えわたると聞く。素晴らしい逸材だ。間違いなく、今年の新入生で最も優秀な人だろう」


 新入生たちが口々にイキールを褒め称える。しかもわざと聞こえるようにだ。

 男も、女も、こぞってイキールにアピールしている。気に留めてもらえるよう必死だ。

 だがイキールは誰にも興味を示さない。神殿中の注目を集めたまま、まっすぐに俺のもとに歩いてきた。

 なんか既視感があるなぁ。


「ごきげんよう、小公爵さま」


 制服をばっちりと着こなしたイキールは、略式の一礼をする。


「先生方から話は窺っています。本日はパーティメンバーとして、どうぞよろしくお願いいたします」


「ああ。よろしく頼む」


 やりとりを聞いた新入生たちが、ざわざわしはじめた。


「くそっ。あのボンクラ公子め。どうせ公爵家の権力を利用してパーティを組んだんだろうな」


「外道めが……大貴族こそ清廉であるべきだというのに」


「ガウマン侯爵令嬢を独り占めする気なの……? 恥知らずな男ね」


 ボロクソやん。モスマン先生に言われただけなのになぁ。 

 生まれと美貌と実力を兼ね備えたイキールは、新入生の憧れの的のようだ。俺みたいな生まれがいいだけのボンクラ公子とはつり合わないんだろうな。みんなが妬むのもわからなくはない。


「あの、ガウマン侯爵令嬢。あたしはテオドア子爵家の長女エマと申します。あたしも同じパーティメンバーです。よろしくお願いします」


「ええ。よろしく」


 イキールはにこりと微笑んで、エマの手をとって握手をした。

 その笑みは、同性のエマが赤くなるほどの美貌だった。

 意外だな。不愛想な奴だと思っていたが、そんな顔もできるのか。


「次! ロートス・アルバレスのパーティ!」


 ちょうどいいタイミングで、モスマン先生が俺達を呼ぶ。


「行きましょう」


 ついに俺達の番か。

 クラス分け試験。『クロニクル』へのダンジョンアタックが、幕を開けた。

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