ヒロインなのかい?
その後。
無事にグレーデン子爵領を抜けた俺達は、いくつかの地域を経由し、ついに帝都カーレーンに入った。
これからは俺は、帝都中心部にある公爵家の別邸に住むことになる。
別邸といっても、サッカーコート数個分の敷地面積がある。公爵家って本当に金持ちなんだなぁ。
それはともかく、俺はそんな豪邸を出て、魔法学園に向かう最中だ。
今日は入学式。まさか遅刻するわけにもいかないしね。
本来なら馬車で向かうべきところだが、公爵家のクソデカ馬車だとあまりにも目立つので、俺は徒歩で登校した。
魔法学園の正門は至極立派であり、まるで宮殿のようないでたちだった。
正門前の広場には、真新しい制服を身に纏った新入生達が集まっており、とても賑やかだ。
「おおロートス! ようやくきたか!」
正門の近くで数人のグループを作っていたヒーモが、俺を見つけるなり大きな声をあげて手を振った。
「こっちだよこっち!」
手招かれるまま近づくと、ヒーモは満面の笑みで俺を迎えた。
「いつにも増して元気だなー」
「当然だ。なにせこれから本格的に魔法を学べるのだからね! これが昂らずにいられようか」
「お前のその人生を楽しむ姿勢。俺も見習わないといけないな」
「お、なんだよ急に。珍しく褒めてくれるじゃあないか」
「たまにはいい気分にさせとかないとな」
「ははは! それこそ友情というやつだね!」
そういうことにしておこう。
「んで、どうしたんだ。こんなところに集まって。まだ大講堂は開いてないのか?」
「キミを待っていたんだよ」
「俺を?」
「そうだよ。ここにいるみんな、吾輩の友人達でね。キミの話をすると、是非お近づきになりたいとさ」
「ふーん」
俺は集まっていた少年少女達を見回す。
ここにいるということは、全員新入生だろう。緊張した笑みを浮かべているのは、俺が公爵家の長男だからか。
「はじめまして。僕はモリーン男爵家のシータンと申します」
「私はテオドア子爵家のエマです。公子さまにご挨拶申し上げます」
「公子さま。私は――」
「僕は――」
みんなが俺に一礼して自己紹介をしていくが、そんな一度に言われても憶えられないんだよなぁ。
魔法学園は貴族の子息令嬢達のコミュニティだ。当然、社交界の縮図であり、人脈づくりの場でもある。青春時代から力のある家門と繋がることは、大きなメリットがあるし、下級貴族達はそのために魔法学園に入ると言っても過言ではない。
だからこそ、ボンクラだと有名な俺とお近づきになりたいのだ。彼らが見ているのは俺個人ではなく、公爵家という看板ってわけだ。
だからといって別になんとも思わない。貴族ってのはそういうものだからな。
エレノアの新世界に転生して十六年。俺も貴族の息子が板についてきた感がある。
「では紹介も終わったことだし、大講堂に行こうじゃないか。入学式はそろそろだろう」
周りの新入生達もぼちぼち移動を始めている。ヒーモが仕切ってくれるので、任せておこう。
入学式は、学園長のありがたい話が長々と続く感じだった。
壇上に並ぶ教師達に、アデライト先生を探してしまうのは仕方のないことだろう。
だが、愛らしくも凛とした、あの姿はない。
以前、俺は公爵家の権力、財力を借りて、みんなを探したことがある。
サラ。
アイリス。
アデライト先生。
ウィッキー。
セレン。
ルーチェ。
オルタンシア。
アカネ。
だが、その八人はこの世界のどこにもいなかった。
他の仲間達も探してはみたが、結局見つかったのはヒーモだけだったというオチだ。
おそらく、この世界に俺の愛した女達はいないのだろう。
エレノアが何の為にこの世界を創ったのか。その理由を考えれば、当然の結果かもしれない。
感傷に浸りながら入学式を終えると、午後からは入学記念パーティに出席する。
魔法学園の大食堂がパーティ会場となり、この日はいつもと違って立食形式になるようだ。
人によっては、制服を脱いで盛装する者もおり、特に令嬢達は煌びやかなドレスで着飾る子ばかりだった。
ちなみに俺は制服のまま来た。いちいち着替えるのは煩わしいしな。
「ほぉ~。みな、気合が入ってるねぇ~」
一緒に会場入りしたヒーモが、隣で感心したように言った。
「知らんのかヒーモ。令嬢達の中には、この入学パーティがデビュタントになる子も多いらしいぞ」
「なるほどね。そりゃ気合も入るわけだ」
「そういうお前もな」
ヒーモは制服姿ではなく、デメテル貴族式の礼服でバッチリ決めていた。
「ううむ。吾輩の場合、父上に言い含められていてね。在学中に優秀な婚約者を見つけろと。まったく……吾輩は純粋に魔法を学びたいだけだというのに」
「ま、結婚も大事だろ。俺達は貴族なんだからな」
「わかってはいるんだけどね……」
俺達はそんなことをぼやきながら、会場の片隅で食い物をもぐもぐしている。
俺の顔を知っている者が何人が挨拶に来たが、社交辞令まみれの短い応対で済ませておいた。
「ロートス。さっきの話だけど、キミは確か婚約していなかったよね?」
「ああ」
「公爵家ともなれば縁談も多いはずだが……お気に召す相手がいなかったのかい」
「そんなとこだ」
正直、婚約とか結婚とか、そんな気になれないのだ。
前世界では、話の流れとはいえアデライト先生と婚約していた。しかし成婚する前に世界が終わってしまった。
そんな過去を抱えたままじゃ、婚約とか結婚とかは考えられないわな。
俺が遠い目をしていると、会場内がにわかにざわついた。
俺とヒーモは、周囲の注目が集まる方に目を向ける。
どうやら、いましがた会場に入ってきた人物がざわつきの理由らしい。
肩の大きく開いた真っ赤なドレスの令嬢だ。輝くようなブロンドヘアと、蒼穹を宿したかのような大きな碧眼。研ぎ澄まされた美貌は、気品と可憐さとを兼ね備えている。
ただ現れただけで、この場の視線と興味のすべてを集めてしまった。
イキール・ガウマン侯爵令嬢。
彼女は、それほどのオーラと存在感を放っていた。




