世界の現状を説明する導入
「綺麗な泉ですね」
シエラが目を輝かせている。
「で、ルージュ。どのへんがとんでもないんだ? ぱっと見、光っている以外は普通だけど」
「女神の泉は、高難度ダンジョンの深層にだけ湧く奇跡の泉なんや。その水を一口飲めば、どんな怪我や病気もたちどころに治るって言われとる」
「どんな怪我や病気も?」
「せや。学者の話によれば、この泉は世界樹に通じとるらしいわ」
「世界樹って、エルフの森にあるあれのことか? あれが異空間のダンジョンに繋がってるってのか。おかしな話だな」
「わても詳しいことは知らん。魔法学園の学者がそう言うとるんや」
ダンジョンってのは、なんでもありなんだな。
いや、世界樹の方がなんでもありなのか?
「つまりあれか。この泉は、ぜんぶエリクサーってことか」
前世界じゃ一年に一人分しか取れないんじゃなかったっけ。それがこんなに大量に湧き出ているなんて。この世界じゃ、医療魔法も医者もお役御免だな。
「いいえ。これはエリクサーとは少し違うわ。ダンジョンの外に持ち出すことができないもの」
「そうなのか?」
「そう。だからこの泉を使えるのはダンジョンに潜れる猛者だけってこと」
「実力のある冒険者が、病人を連れて潜ればいいんじゃないか?」
「そう甘いもんちゃうねん。過去には試した連中もぎょーさんおったけど、どうにも上手くいかん。大抵は泉に到達する前に倒れるか、引き返すかや」
「ふーん」
じゃあ医者も医療魔法も必要だな。
「しっかし……まさか女神の泉やなんてな。ペネトレーションここに極まれりや」
「急いでお父様に報告しましょう。国内八つのセーフダンジョンすべてでペネトレーションが起こったとなれば、もうこちらの空間だって安全とは言えない」
「せやな」
イキールとルージュはおもむろに、それぞれ脱出魔法のスクロールを取り出す。
「おい待てよ」
俺はそれを止めざるをえなかった。
「なんや公子さま。もう満足したんとちゃうか?」
「なんでだよ。まだ聞きたいことがあるんだ」
「時間がないの。手短に頼むわ」
なんて愛想のない女達だ。それもまた一興か。
「お前らがペネトレーションを止めるために動いてるってのはわかったが、それは誰の指示なんだ? お前達はどんな組織に属してるのか。めちゃ気になるんだが」
「私はお父様の指示で動いてる。そしてお父様は皇帝陛下に勅命を賜っておられるわ。お父様だけじゃない。あなたのお父上だって同じはずよ」
「ああ。たしかにそうだ」
だから公爵は俺にあの石碑のことを他言しないように言ったのだろう。
「つまり、デメテル皇室を中心とした上級貴族達の繋がりってわけか」
「そういうこと」
「ちなみにわては冒険者ギルドからの派遣やで。ガウマン侯爵が直々にギルドに依頼を出したんや」
「なるほど。そりゃS級が出てくるわけだ」
大体わかった。国は、この世界の危機を察知しているんだな。
世界の滅亡を目論む〝ユグドラシル〟なるテロリストとの戦いってわけだ。
「あなたがなぜ公爵からこの話をされていないのかわからないけど、ただの好奇心で首を突っ込むのはやめてちょうだいね。私達は使命を帯びて〝ユグドラシル〟を追っているのだから」
「おいおい。俺ってそんなに軽い奴に見えるか?」
「見えるわ。さっきから人の体ばかりじろじろ見ているの、バレないとでも思ったの?」
「……返す言葉もないな」
しかし、目の前に巨乳美少女がいたらそりゃ見るだろ。おっぱいとか、ふとももとか。
それが男の性ってもんだ。
「嫌われてもーたな。あんた、色男にはほど遠いわ」
「そりゃ残念」
「行きましょうルージュ。もうここに用はないわ」
「はいはい」
イキールとルージュは別れの挨拶もなく、スクロールを発動してこの場から消え去った。
あとには、泉の湧く清らかな音が響くのみ。
「行ってしまいましたね」
シエラが呟く。
「面白くなってきたな」
「面白い……ですか?」
「ああ。やっぱり、異世界はこうでなくちゃ」
「異世界?」
「こっちの話だ」
エレノアの力が弱まっているってのは、純粋に気になる。
原初の女神として完全なる存在になったと思っていたが、実際はそうじゃなかったんだろうか。
やっぱりどこまでいっても、あいつは人間なのかもしれない。
「坊ちゃま。これからどうされるおつもりですか?」
「予定通り魔法学園に行くよ」
「そうですか」
シエラはほっとしたように吐息を漏らす。
これは俺の想像だが、次の異変は魔法学園で起きる。
そんな気がするんだ。
あくまで、想像に過ぎないがな。




