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世界の正負

「あっ」


 都合四発目のビンタを食らって、魔王はその場にへたり込んでしまう。

 端から見て、異様な光景だろう。

 兵士達の困惑が伝わってくる。


「なんなんだあれは……! 魔王がただのビンタで……?」


「いや、ただのビンタじゃあない……! ただのビンタで魔王が倒れるはずがないだろ」


「ああ……! それに、明らかに魔王の瘴気が弱まってやがる……! あの少年は、一体何者なんだ……!」


 兵士達はこれでもかというくらいにびっくりしていた。

 魔王が弱体化して嬉しいというより、目の前の光景が現実がどうかを疑っているようだ。

 先程まであれほど猛威を振るっていた魔王が、いとも簡単に膝をついた。都合が良すぎて受け入れられないといったところか。


「な、なぁロートス。これは一体……」


 ヒーモも同様に、びっくりしているようだった。


「驚くのも無理はない」


 俺は事も無げに言って見せた。


「このビンタは、魔王からマーテリアの神性を奪う。そういうビンタを打った」


 アデライト先生から根源粒子の話を聞いた時、俺はこの世界の理を僅かばかりではあるが理解した。

 つまるところ、人だろうと女神だろうと、スキルであっても瘴気であっても、その起源を遡ればことごとく根源粒子に辿り着く。

 そして俺は瘴気を克服し、その本質を理解している。

 今の俺は、かつてより〈妙なる祈り〉を自在に使いこなすことができるのだ。


「神性を奪う? つまり……魔王とは、神なのか?」


「ああ」


 この真実を知るのは、ごく少数だろうな。

 さて。

 俺はしゃがみこみ、へたり込んだ魔王に顔を近づける。


「お前はもう終わりだ。人間を甘く見過ぎたな」


「くっ……」


「まぁ、神性を失ったお前はただの古代人に過ぎない。観念しろ」


「観念するですって? 笑止!」


 魔王の目つきが、途端に強くなる。

 その全身から迸った漆黒の奔流が、周囲の空間を黒く染め上げた。


「なに?」


 神性を失ったはずなのに、まだここまでの力が残っているのか。


「アイリス! ヒーモ! 離れろ!」


 俺の合図で、その場から飛び退く二人。

 瘴気を纏った魔王は、力のある視線で俺を睨みつける。


「あーしは、負けるわけにはいかないんです……! この世界のためにも……!」


 凄まじい気迫だ。

 奴の力は瘴気だけではない。底知れない執念が、周囲の空間までも歪ませている。


「この世界を、あるべき姿に戻すんです……!」


「往生際が悪いぞ。女神本位の世界なんて、誰も望んじゃいない」


「身勝手な……! この世界はもともと女神のもの。あーし達はその理に従って生きてきた。貴様達ノームが平穏を乱しさえしなければ、この世界はあるがままの姿を保てていたのに!」


 その叫びは切実だった。愚かな人間への怒りを帯び、争いへの憎しみに満ちていた。

 俺は、かつて神の山でアンに聞いた古代の歴史を思い出す。

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