鞭打的な
異変に気付いた兵士達が、こぞって上空を仰ぐ。
俺とヒーモ、アイリスもそれに倣った。
「まさか……」
ヒーモが乾いた声を漏らす。
俺達の視線の先にあるもの。
それは地上を見下し、ゆっくりと降下してくる魔王の姿だ。
「他愛なし。S級冒険者といえど、この魔王に叶う道理はありません」
魔王アンヘル・カイド。やばい奴だ。
グランオーリスのS級冒険者とはいえば、ひとりひとりが英雄級の実力のはず。超絶神スキルや、意志の力が使えるはずだ。そのパーティがこうも容易くやられるのか。
「うわあ! 魔王だ! 魔王が来た!」
「くそっ! やるしかないのかっ!」
「ここが死に場所だろう! 戦うんだ!」
グランオーリスの兵士達は自らを鼓舞しているが、勝利の後の危機ほど心にくるものはない。
戦意喪失もやむなしか。
「俺がやる」
「ロートス……そうだな。いま魔王と戦えるのは、キミしかいないか」
ヒーモが不安げに呟くが、そう心配することはない。
〈妙なる祈り〉を取り戻した今の俺は、今までで一番強い。
「よう! 久しぶりだな、アン!」
俺は魔王を見上げ、究極的イケメンスマイルを浮かべる。
それを受けて、魔王ははっとした。
「アルバレスの御子」
そのまま降下してきた魔王は、俺の前までやってきて、すとんと地に足をつける。
「コッホ城塞以来か?」
「そうですね。あの時のあーしは、分け身でしたが」
「だから負けたって言いたいのか? お粗末な負け惜しみだな」
「事実を申し上げたまでです」
「どうかな」
しんと静まり返った戦場で、俺と魔王は対峙する。
周囲の注目を集める俺達は、まさに稀代のカップルと言っても過言じゃないかもしれない。
「正直、お前にはうんざりしてる。いや……女神マーテリアに、だな。瘴気みてぇな厄介なもんを世界中に撒き散らしやがって、環境汚染なんて時代錯誤だろうが」
「汚染ではありません。これは浄化です。あなた方ノームこそ、この世界を汚す最たる原因。女神マーテリアの神性を授かったあーしが、それを粛清しようと言うのです」
「やめといた方がいいと思うぜ」
「なぜ?」
「ここでやめないと、いい加減キレる」
「何を言い出すかと思えば」
魔王は鼻で笑う。
「どうぞ。怒りなどという卑しい感情を剥き出しにして御覧なさ――」
魔王が言い終わる前の刹那。
俺のビンタが魔王の右頬を打った。
パンッ。という小気味よい音が響き。
魔王の頭部から瘴気の奔流が凄まじい勢いで飛散した。
「え?」
何が起こったからわからない。そんな顔をしている魔王の左頬に、ビンタを打ち込む。
パンッ。再び、魔王の頭部から瘴気の奔流が四散した。
「な、なにをっ」
「女神の神性なんてものを持っちまったからおかしくなったんだ。だから、俺がそのいかがわしい力を飛ばしてやる」
今一度の、ビンタ。
「これは決して、正当な理由をつけて美女をビンタしたいという欲望による行動じゃないからな。一応弁明しておく」
そして再び、魔王の頬を力強く叩いた。




