かしましジェルド
「で? 何もせず帰ってきたってわけ?」
会談を終え、アルドリーゼと打ち合わせをした後。夜になって隠れ家に帰還した俺は、案の定ソロモンに詰められることになった。
「バッカじゃないの! 何考えてんのよ!」
胸倉を掴まれ、壁に押し付けられる。
やめてくれー。女の姿のままだから、服が引っ張られておっぱいがこぼれるだろ。
俺達の様子を、ソファに座るオルタンシアが不安そうに見守っている。
「あたしの言ったこと忘れたの? このままじゃ、グランオーリスが危ないって!」
「わかってる。ちょっと落ち着けって」
怒りの目を向けてくるソロモンを、やんわりを押し返す。
「俺が連合軍に加わったのには、ちゃんと理由がある」
「なによ」
「決戦はピンギャン平原で起こる。この情報を逸早くグランオーリスに伝えれば、対処もできるだろう。早めに戦力を集結させて、敵の準備が整う前に奇襲だって仕掛けられる」
「その決戦を起こさせないための拉致計画だったんでしょ」
「いや、それだと一番の心配が取り除けないと思ったんだよ」
「一番の心配?」
「エレノアだ」
ソロモンの目の色が変わる。
「あいつが来た以上、いくら他の奴らを食い止めても焼け石に水だ。いざとなれば、あいつは一人でも決戦を仕掛けてくる。それだけの力がある」
「そんなのわかってる。それでも少しでも敵の力を削ぐために策を講じるんでしょ」
「ああ。ただ、高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応するのが俺のモットーだ。そのモットーに則った結果、計画を変更することにした」
「連合軍に入り込んでから、戦いが始まるのを待って裏切る? そんなの、策でもなんでもないわ」
「どうかな。お前が渡してくれた変装アイテムのおかげで思いついた計画だし、割といい線いってると思うぞ。それに」
「それに、なによ」
俺はオルタンシアを一瞥する。
「会談の場で正体を現せば、間違いなく激しい戦いになっただろう。集まった奴らはみんな一筋縄じゃいかない奴らだった」
「ああそう。日和ったってわけ」
「そうだ。あの場にはアナベルがいたからな」
俺の胸倉を掴む手から、力がすこし抜けた。
「俺達の大切な娘を危険に晒せるかってんだ。ちょっとは親心ってやつを察してくれよな」
「……数えるほどしか会ってない子どもに、愛情なんで芽生えるの?」
「当たり前だ」
断言する。
正直、まだ父親になった実感はない。だが実感があろうとなかろうと、俺にはあの子を守る責任がある。それに、愛するオルタンシアがお腹を痛めて産んだ子だしな。
「あっそ。だったら、早く助けてあげなさいよ。いつまでも親と離れ離れじゃ、可哀想でしょ」
「言われなくてもそのつもりだ。ピンギャン平原での決戦を待って、すべてにカタをつける。戦争も、エレノアのことも、アナベルのこともだ」
やるぜ俺は。やる時はやる男だ。今は巨乳美少女の姿だけど。
俺の胸倉を離し、ソロモンは壁に背を預けた。
「オルたそ、ソロモン。決戦に向けて、ちょっとやってもらいたいことがある」
「自分に……ですか?」
「ああ」
「種馬さまの仰ることなら、なんなりと」
「まずは内容を聞いてからでしょ」
従順なオルタンシアに対し、ソロモンは呆れたように溜息をつく。
俺はついさっき思いついた策を、二人に打ち明けた。
これが成功すれば、連合軍の間に溝を作れるはずだ。
こうして夜は更けていく。
決戦の日は近い。




