本人います
それは紛れもなく、俺の知るエレノアの姿だ。
ひとりでに、拳に力が入る。
エンディオーネの神性によって半女神化していても、元のエレノアが消えたわけじゃない。タシターン領で見せたあの激情からも、それは明らかだ。
一刻も早くエレノアから神性を切り離し、元に戻してやらないとな。アデライト先生が俺の剣を持ってきてくれるまでの辛抱だ。
「夢見がちなバカ……ときたか。聖女様は、そのロートス・アルバレスという男と随分親しい関係でいらっしゃるようだ。ただの幼馴染とは思えないね」
ネルランダーが半笑いでそんなことを言う。
その時にはすでに、エレノアの顔から笑みは消えていた。
「そんなことはどうでもいいアル! 結局やつの目的は何アルか!」
再三にわたって机を叩くリュウケン。エレノアの無機質な視線がリュウケンを射貫く。
「人の自由と、世界の平和です」
淡々とした、それでいて明瞭な一言。
「自由と、平和……アルか?」
リュウケンは目を丸くして呆れていた。
「ははっ。そいつは確かに夢見がちだ」
ネルランダーは可笑しそうに笑う。
「らしいっちゃ~らしいけどね~」
アルドリーゼは小声で嘯き、うんうんと頷いていた。
「より正確に言えば、魂の自由と真実の平和。これに尽きるでしょう」
エレノアが付け足した言葉に、ネルランダーは感心したように身を乗り出した。
「ご大層な目標だな。ロートスとかいう男、よほどの偽善者か、あるいは青臭いガキか。いずれにしても面白いやつだ。そう思わないか? キーン」
「はっ! 我の胸筋も、そう思います!」
話を振られた護衛が、大きな声で答えた。うるせー。
「では聖女様。オレからもお聞きしたい」
「どうぞ」
「目下、我々がロートス・アルバレスを警戒する必要はあるかい? あるならば、何に留意すればよいかな?」
「当然、警戒してください。彼は神出鬼没。行動力の化身のような人です。此度、私が参戦したとあらば、必ずや我らの戦場に姿を現すでしょう。いえ、既になんらかの行動を起こしているに違いありません。気を抜かず、あらゆる想定をしてください」
ビンゴ。
流石は愛しの幼馴染。
目的といい、動き方といい、俺のことをよく理解している。
「う~ん。要するに~亜人連邦がグランオーリス側で参戦してきたって認識でおっけ~?」
「その通りです。しかし恐れる必要はありません。マッサ・ニャラブが連邦とグンランオーリスに挟まれているのと同様、連邦とてマッサ・ニャラブと王国に挟まれています。下手に軍を送り、王国への防備をおろそかにするほど愚かではないでしょう。ですから、連邦に関して我々がいま注視すべきは、ロートス・アルバレスの動向のみと言えます」
「指導者みずから尖兵となる……か。なぁるほど。なんか親近感を覚えるなぁ」
ネルランダーに親しみを感じてもらったようだ。この人も自分が動くタイプなんだろう。城を単騎で落としたとか言ってたし。
「よ~し。それぞれの状況も確認できたことだし~。これからの動きを決めようよ~。せっかく聖女様に入ってもらってるんだしさ~。有意義な意見交換をしよ~」
アルドリーゼによって次なる議題が提示される。
ところで、気になることがある。会談には護衛を一人連れてこれるとのことだが、エレノアの護衛はいない。必要ないと言われればそれまでだが、なんとなく違和感はある。
気のせいならばいいんだが。




