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巡る巡る風

「笑いたきゃ笑いなよ」


 それまで黙っていたメイが、苦虫を噛みつぶしたような顔で声を絞り出した。


「馬鹿で浅はかな女だって、好きなだけ笑ったらいいじゃないか」


 場には嫌な沈黙が訪れた。

 ジョッシュだけは、空気を読まずに酒を呷りまくっている。


「いや……うん。メイさんが国中の男に魅了をかけて回ったのは、性欲を発散する相手を増やすためってことでいいんだよな?」


「そうさ。それだけの数が必要なんだ。同じ相手じゃマンネリ化するし。そうなったら性欲を抑えられなくなる」


「仮に発散しなかったら、どうなるんだ?」


 メイは答えない。

 代わりにジョッシュが口を開いた。


「行き場を失った性欲は心身を蝕み、メイはやがて死に至るでしょう」


 マイルドな表現だったが、なんとなく言いたいことは伝わった。

 行きつく先は発狂して自殺、ということだろう。


「決して笑い事ではありません。メイにとっては、生きるか死ぬかの問題なのです」


 確かにそうだ。

 性欲を持て余すなんてどう考えても笑い話なのに、生死がかかってくると話は別だ。


「ロートスさん。あなたは親コルト派を悪と決めつけているようですが、我々にもいかんともしがたい理由があるのです。命をかけて戦うにあたう理由が」


 なるほどな。

 言いたいことはわからんでもない。


「誰しも自分の身がかわいいもんだ。自分が生きる為に、誰かを犠牲にするって選択を取っちまうのも理解できる」


 俺は畳をドンと叩いた。


「でもよ。それじゃ世界は変わらねぇ。自分の生き方を変えて、宿命を変えないと、何百、何千年たっても人類は同じ苦しみを抱えたままだ。ただでさえクソ女神のせいで人は運命を縛られてるんだしな」


 メイは俺をきっと睨みつけた。


「偉そうなご高説だねぇ。だったらあたしにどうしろって言うのさ。国のせいで自分のスキルを知らされず、男に抱かれ続けないと生きられないこんな体になっちまったあたしを、いったい誰が救ってくれるって言うんだい!」


「治せばよくね?」


「え?」


「メイさんのスキルを喰らった男の魅了を解除できるなら、スキルによる副作用も解除できそうなもんだけどな」


「か、簡単に言ってくれるねぇ。それができたら苦労はしてないんだよ」


「そうなん?」


「メイの言う通りです」


 ティエスは脂ぎった頬を拭きながら、


「『魅了のまなざし』は同じ相手には一度しか効きません。魅了の重ねがけはできないということ。ですがメイはすでに何十万回も魅了を使っている。つまり、それくらい副作用を重ね掛けされてしまったということと同義なのです。それを解除するとなると、膨大な時間と労力、あるいは女神に匹敵する神性が必要でしょう。一体そんな者がどこにいるというのです」


「……エレノアがいるだろ」


「帝国の聖女ですか?」


「ああ。あいつは女神の神性をそっくりそのまま譲り受けてる。実際、人間でありながら女神に等しい神性を持ってるんだ」


「ですが、聖女は普段人前に姿を表さないと聞きます。一介の街娘を助けてくれるとは思えません」


「普通ならそうかもな。けど、俺と一緒ならその限りじゃないぞ」


「と、仰いますと?」


「俺はエレノアに縁がある。ドーパ民国にいたのも、エレノアに会いに帝国に向かう途中だったんだ」


「それ、本当かい?」


 メイが前のめりになって食いついてきた。

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