そのスキルほちぃ
店を出たら、割と高級そうな大きな馬車に乗せられた。
車内には俺とフランクリンしかいない。
男と二人きりというのも、なかなかレアな状況かもしれない。この世界に来てからというもの、異性には恵まれている。よくよく考えたらすごいことだ。
「ロートス殿。あなたはあのメイという娘をどう思いますか?」
車窓から風景を眺めていた俺に、そんな問いが降ってきた。
どういう意図の質問だろう。
「綺麗な人だとは思う。愛嬌もあるし、皆に好かれるのも納得の人柄じゃないか」
「それだけですか?」
「え?」
「彼女に深い愛情を抱いたり、強い執着心を覚えたりしていませんか?」
「昨日会ったばっかの人だしなぁ。別にそんな気持ちはないけど。なんで?」
「そこが問題なのです。彼女のスキルは『神の調理師』だと周知されていますが、実はそれだけではありません」
「複数持ちなのか?」
「ご明察。もう一つ、隠されたスキルがあります」
フランクリンは意味深に一拍間を置いて、
「ここからの話はどうかご内密に願います。ご了承いただけますか?」
「別にかまわないけど……そんなにヤバい話を、外国人の俺に話してもいいのか?」
「むしろ、他国の方だからこそです。いよいよ大きな戦争が始まり、我々も切迫していますから」
「ふぅん。よくわからないけど」
どこの国も大変なんだな。
それもこれもすべて女神の争いのせいだと思うと、あらためて神という存在への怒りが湧いてくるぜ。
フランクリンは軍帽をかぶりなおして、真正面から俺を見据えた。
「あの娘のもう一つのスキルは『魅了のまなざし』。我が国における、第一種特定危険スキルです」
「危険スキル?」
「ええ。ドーパ民国では、国家として社会の根幹を揺るがしかねないスキルを、特定危険スキルとして定めています。彼女が持つ『魅了のまなざし』は、その最たる第一種に指定された、きわめて危険な代物なのです」
「どんなスキルなんだ?」
「あらゆる生物を魅了し、強制的に好意を抱かせるスキル。干渉を受けた者は、魅了されたことにも気が付かず一方的な愛情を抱くことになります。一種の精神操作、心を操るスキルと言えばよいでしょうか」
「……そりゃ、とんでもないスキルだな」
心を操る、か。人間の尊厳を踏みにじる、悪魔的な力だ。
遠方からメイ目当てにやってきたり、女神だと崇めたり、そういった行動の理由はスキルだったというわけだ。
「しかしながら、彼女にその自覚はないでしょう。特定危険スキルは本人にもその存在が秘匿されます。鑑定の儀においては虚偽のスキルを告げられ、彼女のように複数持ちの場合は問題のないスキルのみを告げられる」
「なるほどなるほど。だんだん話が読めてきたぜ。つまりメイさんは、自分のスキルをコントロールできてないってことだな」
フランクリンは頷く。
「鑑定の儀から約十年、彼女の動向は常に監視されていました。『魅了のまなざし』は能動的に発動するスキル。彼女自身に自覚がないのと、他人と接する機会が少なかったため、これまでは魅了される者もそう多くなかったのですが、あの店で働き始めてから事態が急変したのです」
「どういうことだ」
「元来の人当たりの良い性格が災いして、常連たちに親近感を抱くようになり、無自覚のうちにスキルを使ってしまっている」
「店が繁盛してほしいって気持ちが、そのまま魅了に繋がっちまってると」
難儀な話だな。
たしかに、誰でも彼でも魅了していたら、いずれ周囲の人間関係はめちゃくちゃになる。放っておけば国家の一大事にも発展しかねない。現に帝国騎士でさえ魅了の餌食になっているのだから。




