やばいところ
「この先が下層なのか?」
「そうです」
コーネリアが兵士に合図をして、建物の扉を開かせる。
中に入ると、円柱型の暗い空間があり、ずっと下まで壁伝いに木造の螺旋階段が続いている。
どうやらこの建物は塔であり、ここはその頂上のようだ。
「参りましょう」
俺達は足元に気をつけながら長い螺旋階段を下っていく。
照明は壁に設置された古臭い燭台しかない。松脂の燃える匂いが鼻につく。
「この階段、崩れたりしないだろうな」
さっきから歩くたびに軋んでるけど。
「ご安心ください。最低限の点検はさせています」
「最低限って。もっと綺麗にすりゃいいのに」
「下層の……住人が大挙して上ってこれないよう、あえてそうしているのです」
「……やるせねぇな。それは」
暴動対策ってことかよ。
「下層は治安が悪く、衛生環境も劣悪です。ですから、中層とは隔絶されていなければならないのです。それに今は……」
「ん?」
「いえ、行けばわかります」
「ろくな場所じゃなさそうだ」
そんなところに亜人街があるということに対して、俺的には黙っているわけにはいかないんだけどな。
長い階段をヒヤヒヤしながら下り終える。別にこれくらい落ちてもなんともないんだけど、なんとなく足を滑らせて落ちるってのは気持ち的に怖いもんだ。
二百段以上あったんじゃないだろうか。結構高い塔だったんだな。
ここまで来ると、空気に鉛でも混ざっているんじゃないだろうかってくらいに重たい雰囲気だ。心持ち身動きも取りづらい。
コーネリアが塔の扉に手をかける。
「待って」
声で制したのはセレンだ。
「ギフト・バリエール」
彼女は手を一振りすると、俺達全員に魔法をかけてくれる。
緑色の光の膜が俺達を包み込み、そして見えなくなった。
「何の魔法だ?」
「有害物質から守ってくれる」
「それはありがてぇ」
瘴気に侵された俺の身体は、免疫力が落ちている可能性もある。
セレンの気遣いは素直に嬉しいぜ。
「ん? それって、瘴気からも守ってくれたりするのか?」
セレンは首を振って否定する。
「瘴気は別。あんなに濃密な毒素は、魔法なんかじゃ防げない」
「まじかー……」
やっぱり、世の中そう甘くはないってことか。
「では」
改めて、コーネリアが扉を開く。
蝶番が軋む音。
開いた扉の向こう側から、ひんやりと湿った風が吹いてきた。
「こりゃあ……」
俺は我先にと外に歩み出る。
まず気になったのは空だ。
暗い紫色の空に、真っ赤な太陽か、あるいは月か、とにかく丸い天体が浮かんでいる。
乾いた土の上に建つ木造の建物群は、朽ち果てて家屋の体を為していない。
まさに、枯れているといった表現がふさわしい街並みだ。
「……ダンジョンかよ」
俺の口からそんな言葉が漏れたのも、致し方ない。




