勝ったぁ
天使の輪っかが宙を舞う。
神々しい光を放ちながら、ふわふわとサーデュークに向かって上昇していくエンジェルハイロゥ。
「なんか……ゆっくりだな」
思わず、のんきな感想を述べてしまう。
コーネリアや騎士達も、その様子を唖然として見上げていた。
両腕を広げたセレンも同じく、浮かび上がる天使の輪を無表情で見つめていた。
「グヌエァ! これはッ!」
サーデュークも脅威の接近に気が付いたようだ。
フリジット・エンジェルハイロゥに込められたセレンの魔力は、量も質も半端ない。筆舌に尽くしがたいすごさだ。
サーデュークとしては回避か防御をしたいに違いない。だが、フリジットアロー・ブリザードの猛攻は留まることを知らない。エンジェルハイロゥにまで手を回す余裕はないようだ。
「ク、クソォォッ!」
サーデューク必死の抵抗も虚しく、エンジェルハイロゥは実にゆっくりと、吸い込まれるようにして直撃した。
直後。
サーデュークの背中から、青白い閃光が迸る。
それは一瞬にして左右一対の翼を形成する。結晶を散らす氷の翼が、サーデュークの背中を突き破って生えていた。
漆黒の瘴気が、血しぶきのように飛び散る。
それもすぐに凍結し、白い結晶となって霧散。
次の瞬間には、氷の翼は二対に増え、さらに三対となり、そして四対となった。
合計八枚の翼が、サーデュークの背後を彩る。
「これはッ……! 殿下ッ!」
身動きの取れなくなったサーデュークは、顔を歪めてセレンを見下ろした。その間もフリジットアローの束が奴を氷漬けにしていく。
「一つ、忠告しておく」
セレンの無感動な瞳が、じっとサーデュークを見上げる。
「勢いだけじゃ、戦いには勝てない」
愛する者を優しく抱きしめるように、広げた両腕を折りたたむセレン。
「フリーズエンド・エンブレース」
同時に、サーデュークから生えた四対の翼が、奴をゆっくりと包み込んでいく。
「このッ……!」
黄金の鎧は氷の翼に隠され、ついにサーデュークはまるっと氷の中に閉じ込められてしまった。
「ちくしょう……ちくしょおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおぉっぉ――」
最後まで響いていた叫びが、やけに耳障りだった。
後には、静寂だけが残る。
「セレン……」
強すぎる。
魔王軍四天王って、クッソ強いって話だった。それをあんなあっさりと倒しちまうなんて、やばすぎる。
俺の考えるところによると、戦いが始まる前からセレンの勝利は決まっていた。
騎士達にも驚きと困惑が広がる。
コーネリアもひととき呆然自失としていたが、ふと我に返ってセレンに駆け寄った。
「殿下……お怪我はっ」
「へいき」
「……よかった」
そう呟くコーネリアの表情は曇っている。
守るべき主に、逆に守られてりゃ世話ないな。
俺も人のことは言えないが。
「見て」
セレンが宙の氷の玉を見上げる。
サーデュークを包み込んだ氷の翼は、卵のように丸くなっていた。
それが、光を発しながら勢いよく砕け散った。粉々になった氷は結晶となって一帯に降り注ぎ、大地を白く染め上げていく。
神秘的な光景に心奪われたのも束の間、セレンとコーネリアの足元に、丸い物体が落下。
ごろごろと転がってセレンの脚にぶつかる。胴体を失ったサーデュークの頭部だった。




