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平常運転

「俺達は、神の山を目指してここにきた」


「なぜ、あのような所に? あそこは今や瘴気の生まれる地。魔王と魔族の住処となっています」


 魔王? 魔族だって? なんじゃそりゃ。

 新しいワードが出てきたやないか。だが、今はそれを聞いている場合じゃない。


「神の山に行けば、俺の呪いを解く術があるんじゃないかと思ってな」


「呪いを解く……話の筋は理解できますが……では、空から降ってきたのは何故ですか」


「空を飛んできたけど、瘴気のせいで近づけなかったんだよ。だからひとまず地上に降りた。そんでたまたまあんたらがモンスターと戦ってたってわけだ」


 空を飛ぶだけなら魔法やらスキルやらで可能だ。だからこの説明で十分だろう。

 コーネリアはしばし考えた後、ふと警戒心を弱めた。


「話はわかりました。神の山に行くなら、まずはここから東に向かってください。そうすれば王都アヴェントゥラに着きます。そこからずっと北に行ったところに、星降りの街エトワールがあります。そこまで行けば、神の山はすぐそこです」


「まずは東か。わかった。教えてくれて助かるぜ。でもいいのか? 神の山って聖域なんじゃなかったっけ?」


「以前はそうでしたが、瘴気のせいで聖域は邪悪に染まってしまいました。神の山の周辺には、高濃度の瘴気が渦巻いています。エトワールが呑み込まれるのも時間の問題でしょう」


「そしていずれは王都も?」


 コーネリアは深刻な様子で俯く。


「それで王族を避難させてるってわけか」


「……そうです」


「王都に住む人達はどうなってるんだ? まさか国を治める側が真っ先に逃げてるってわけないよな?」


 嫌味っぽくなったかもしれない。コーネリアはきつい目を俺に向けてくる。


「国王、王妃両陛下は、最後まで王都にお残りになられます。我らが王は民を見捨てて生き恥を晒すようなお方ではありません」


「そいつは失礼」


 つまり、あの馬車には王女殿下が乗ってるってことか。一人娘って話だし、セレンなのは確定だな。


「しかし、そうなると心配だな。あんたらに王女を守り切れるとは思えない」


「な、なにを……! 我らエライア騎士団を愚弄するのですか!」


「うん。だってさっきもヤバかっただろ。俺達が来なかったら、王女は殺されてたかもしれないんだぞ」


「ぐ……」


 現実を突きつけられ、コーネリアは何も言い返せない。

 セレンのことを思うと、俺の語気も自ずと強くなってしまう。


「腕利きの冒険者とか、護衛につけなかったのか? この国にはたくさんいるだろ?」


「もちろんつけました。王都の上級パーティを何組も。ですが……王都を発って二日も経たぬうちに、全滅したのです」


「……まじか」


 グランオーリスの冒険者は並じゃない、それでも勝てないなんて。瘴気のモンスターってのは、そこまで厄介なのかよ。

 ヒーモとかサニーのことも心配になってきたな。


「悪い。我見に囚われちまってたみたいだ」


「いえ……お気になさらず」


 コーネリアは悄然と俯く。自らの無力を恥じているのだろう。

 この状況で諦めずセレンを守ろうとしている姿勢は、素直にリスペクトに値する。

 うーん。


「やっぱり俺達も同行するか」


「え?」


「王女を安全なところに送り届けるまで、どうだ?」


「しかし」


「俺達を信用できないのはわかるが、またモンスターに襲われたら次はないぞ?」


「それは……」


 コーネリアは横目で馬車を見る。そしてすぐに俺に向き直った。


「一体、何が目的なのです。この国の民でもないあなたが、王女殿下の護衛を申し出るなんて」


 そりゃもちろんセレンが心配だからだ。けど、そんなことを言っても誰にも信じてもらえない。セレンとの繋がりは俺の中にしかないからな。

 金って言っとけばいいかな。王族を助けたんだから褒美がたんまり貰えるぜ的な。


「申し上げておきますが、褒美は期待なさらないことです。我が国の財政は魔王への対策で困窮しておりますゆえ」


 あらら。先手を打たれちゃった。


「そうだな……俺はいい女に目がないんだ。美人の為なら損得勘定抜きで力を尽くす。そういう男なのさ」


「……俗な人ですね。たしかに王女殿下はお美しいお方です。その美貌はグランオーリスの翠玉と称されるほど。お近づきになりたいという気持ちも当然。しかし、護衛につくからといって殿下に近づけると思いなさるな。グランオーリスの王室は尊貴なる青い血筋なのです」


 コーネリアはきつく釘を刺してくる。


「そういうつもりで言ったんじゃないんだ。勘違いさせちまったなら謝る」


 俺はコーネリアの前に片膝を付き、手甲に包まれた手を取った。


「俺が美人って言ったのは、あんたのことさ。コーネリア団長」


「え……は、はぁっ?」


 裏返った声が、慌てた口から吐き出された。

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