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ピコーン

 枢機卿の城は襲撃後も無事だった。

 城というより、もはやビルだけどな。

 夕焼けに染まる屋上で、俺とヒューズは二人して崩壊した街を見下ろしていた。


「助かったよ、ロートス」


「なにが?」


「聖女の件さ。あなたが彼女を探れと言ってくれたおかげで、僕は聖ファナティック教会に潜り込む口実を得た」


 スパイとしてさらに有益な情報を掴みやすくなったというわけか。


「聖ファナティック教会って、そんなに重要な場所なのか?」


「聖女が住んでいることからもわかるだろう。帝国における女神信仰の総本山。教皇の力は皇帝にも匹敵するほどだよ」


「皇帝に匹敵」


「そう。聖女エレノアを得た今、皇帝を凌ぐ勢いかもしれないね。だから、権力の中枢といっても過言じゃない」


「はっ。そいつぁいい。お前にとっても願ったり叶ったりだったわけだ」


「そうだね。奇しくも僕達は利害が一致した」


「かもな」


「それだけじゃない。亜人連邦が力をつけ、マッサ・ニャラブを抑えこんでくれるとあらば、枢機卿にとっても利がある」


「さっきと言ってることが違うぞ」


「違わないさ。皇帝が難色を示すとは言ったが、枢機卿がそうとは限らない。枢機卿はどちらかと言えば、教会側の人間だからね」


「よくわからん」


「教会は女系部族のジェルドを良く思っていない。教義的にね。女神でも聖人でもない女が力を持つことに反対なのさ。彼女達は女神を信仰していないしね」


「ふーん。面倒くさいな。政治とか宗教とか」


「どうかな。政治も宗教も、本来は面倒なものじゃない。清廉で、崇高なものだ。それを俗なものにしているのは、人が持つエゴの仕業だろう」


 そうかもしれないな。

 どんな物だって、それを扱う者の心ひとつで善にも悪にもなる。


「ヒューズ。お前は、どうして王国に忠誠を誓うんだ?」


 丸っこい仮面がこちらを向く。


「僕は故郷と、そこに住む人々に尽くすために生まれてきた。そして、僕には諜報員として恵まれたスキルがあった。だから、スパイを買って出た。それだけのことだよ」


「……そうか」


 イケメンかもしれないということで毛嫌いしていたが、こいつにはこいつなりの戦う理由があるんだな。


 束の間の沈黙。

 涼しい風が吹く中、俺は上空に強い気配を感じる。


「来たみたいだ」



「お迎えかい?」


「ああ」


 次の瞬間。亜音速で急降下してきたエンペラードラゴンが、一瞬にして屋上に降り立った。 

 アイリスだ。


「わお。あなたはエンペラードラゴンまで飼いならしているのかい?」


「飼いならすってのは、語弊があるな」


 姿勢を低くしたアイリスの上に乗る。


「じゃあなヒューズ。エレノアの件、頼むぞ」


「うん」


「次帰ってくることがあったら、飯でも奢らせてくれ。魔法学園にいい店がある」


「はは。それは楽しみだ」


「用心しろよ。聖女の名は伊達じゃなかった」


「ご心配なく。こう見えて僕は、神スキルの持ち主さ」


 自信ありげに言うヒューズの視線は、仮面に遮られ頼もしいのかどうかもわからない。

 俺とアイリスは、空高く飛び立つ。

 崩壊した都市が、見る見るうちに小さくなっていった。

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