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エージェント・ヒューズ

「どうしてお前がここにいる」


 俺の口をついて出たのは当然の疑問だった。


「いやぁ。僕も驚きだったよ。まさかあなたが王国の人間だったとはね。亜人の味方をしているものだから、どこか別の国の人かと思っていた」


「王国民が亜人に味方するのはおかしいか?」


「うん。おかしい」


 言い切りやがった。


「亜人に味方する王国民は一般的じゃない。間違いなくマイノリティだろう。真理がどうとかいう話はしないでくれよ。僕にはそんなことはどうでもいいんだ。現実を生きる上では、いま世の中に蔓延っている社会通念こそが重要なのさ」


「刹那的な考えだな。俺はその考え方はクソだと思う」


「かもしれないね」


 ヒューズはくつくつと笑う。


「ロートスさんは、すでにヒューズ殿とお知り合いでしたか」


 先生が眉を下げながら言う。


「知り合いというか。初対面ではないことは確かですけど」


「マッサ・ニャラブじゃ、あなたを助けてあげたじゃないか。そう邪険にしないでくれよ」


「俺はイケメンが嫌いなんだ」


「この仮面が男前だと?」


「その仮面の下がイケメンな気がするんだよ」


 確かに俺はヒューズの素顔を見ていない。けどこいつはイケメンだと思う。勝手にイケメンだと決めつけて、勝手に嫌う。人生、そういうことがあってもいいと思うんだ。


「そんなことはいい。それで、なんでお前がここにいるんだよ。帝国の使者だからか?」


 俺の質問に答えたのは先生だった。


「ヒューズ殿は、スパイなのです。帝国の有力者に取り入り、帝国側の使者として暗躍しています」


「じゃあ王国の人間かよ」


「ちょうど帝国に戻るところだったんだ。タイミングばっちりだったね。アデライト先生に感謝しなよ」


「言われなくても。でも、先生。どうしてスパイなんかと面識があるんですか?」


「私はギルド長を兼任していますから、色々なところにコネがあるんですよ」


「ギルド長? まじですか」


 あー。なるほどな。

 あのじじいのギルド長が追放された後、ギルドを建て直す時に先生が抜擢されたわけか。たしかに先生は冒険者クラブの顧問だったし、適任といえば適任かもしれない。

 ヒューズは部屋にある大きな機械を叩く。


「これに乗って行くんだ」


「乗り物なのか、それ」


「飛空艇。帝国の最新魔導技術を結集して作られた、空飛ぶ箱さ」


「へぇ」


 飛行機まで作れるのか。帝国ってほんとに技術が進んでいるんだな。


「魔導革命以降、ヴリキャス帝国の産業力が日に日に増している。世界の覇権を取るのも時間の問題だろうね」


「いいのかよ。スパイがそんなこと言ってて」


「別に王国が覇権を取る必要はないんだ。この国の民が幸福ならそれでいい。僕はそのために動いている」


「ご立派だな」


 ヒューズは飛空艇のハッチを開き、乗り込んでいく。


「準備ができてるならもう行こう。朝までに戻らないと、怪しまれる」


「わかった」


 俺は先生に向き直る。


「ありがとうございます。先生」


「とんでもありません。今の私には、これくらいしかできませんから」


「十分ですよ」


 俺は彼女を抱きしめたい衝動に耐えながら、飛空艇へと足を進める。


「スキルの件も、よろしくお願いします」


「ええ、任せてください。お気をつけて、ロートスさん」


 アデライト先生の真剣な顔が、閉じたハッチに隠された。


「さぁ行こう。全速力で飛ぶぞ」


 ヒューズが呟くと、建物の天井が開いていく。ロボットの発進シーンみたいだな。

 飛空艇が振動しながら上昇すると、妙な浮遊感を覚えた。


「本当に飛んでる。大丈夫なのかこれ。落ちたりとか」


「その時はその時さ」


 のんきな口ぶりで、ヒューズが操縦桿を握っている。

 そして、飛空艇は空に飛び立った。

 いざ、帝国へ出発だ。

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