まさかあんなことが
豪快に斧を振り上げ、会心の一撃を狙う。
まじかよ。初撃からそれか。
そんな大味な攻撃がアイリスに通用するはずがない。普通はもっと細かい攻撃を刻んで相手の様子を窺うだろ。
よほど自信があるのか。あるいはこれがエカイユの戦い方なのか。
案の定、ハラシーフの斧が振り下ろされる前にアイリスのジャブがヒットした。
大顎を砕かんばかりの打撃。鈍い音が鳴る。
「効かんぞッ! 小娘ぇッ!」
なんということだろう。ハラシーフはびくともしない。
アイリスは続けざまに拳を叩き込む。大体、一秒に百発は入っただろう。
だが、わかりやすいダメージはなさそうだった。
「フンッ!」
ハラシーフが斧を振り下ろす。
その一撃を受け止めようとしたアイリスは、咄嗟の判断でそれを中止し、上体をのけ反らせて回避。
刃はかわせたが、振り抜きの風圧がアイリスを大きく吹き飛ばした。
「あっ」
サラが声を漏らす。
吹き飛ばされたアイリスは、空中でくるくると身を翻し、危なげなく着地した。
「不思議な手応えですわね」
にこやかに言うアイリス。だがその内心に見た目ほどの余裕はないはずだ。
「ねぇロートスくん。あれって」
「ああ」
どうやらルーチェも気付いたようだ。
ハラシーフが〈妙なる祈り〉によって自身を強化していることに。
「どういうこと? 〈妙なる祈り〉は〈尊き者〉にしか使えないはずだよね?」
「いや、実はそんなこともないんだ」
「そうなの?」
「ああ。俺が持ってたほどの力は出せなくても、祈りそのものは誰でも使える」
「誰でも?」
「ああ。結局のところ、〈妙なる祈り〉の正体はものすごく強い想いの力だからな」
「そんな簡単に使える……わけはないよね」
「そうだ。問題は、どうやってそれほどまでの強い想いを抱くようになったか。あいつの場合は、人間への強い恨みと憎しみだと思う」
「そんなので……」
「ネガティブな感情でも、極めれば奥義になるってことだな」
ハラシーフの祈りは、かつての俺に比べたら大したことはない。
俺が砂漠だとしたら、ハラシーフは砂粒。それくらいの差がある。
だが、祈りを持っているのとそうでないのとでは、天の地ほどの隔たりがある。
「アイリス……勝てるかな?」
「勝ってもらわなきゃ困る。心配するな。アイリスならきっと勝てるさ。あいつが今まで苦戦したところなんかそう見たことがないんだ」
アイリスが負けるわけがない。
そんな俺の予想は、意外なかたちで裏切られることとなる。
まさかこの決闘の結末が、あんなことになろうとは。




