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タキシードと仮面

「けど、正直に話してくれてありがとな」


「え?」


「俺的に、処女の成人女性達が人のセックスを覗いて興奮してたっていう事実には感銘をうけている」


「なにを……言っているのだ貴様は……」


「けど、覗かれた方は気分のいいもんじゃないからな。ほら、オルたそもすごい恥ずかしがっているだろ」


 俺の言う通り、オルタンシアは顔を真っ赤にして俯いてもじもじしていた。


「わかったらもう覗くなよ」


「……わかった。本当に、申し訳なかった」


「いいさ」


 なんかいい雰囲気になった。

 だが、そこに乾いた拍手が響いてくる。

 なんだ。また誰かの登場か?


「いやぁ見事だよ。強いだけじゃなく。人心を掴む度量も持ち合わせている。流石はロートス・アルバレスといったところか」


 回廊の奥から現れたのは、仮面を被った一人の男だった。


「誰だ」


 ジェルドの里に男だと?

 俺も人のことは言えないが、結構珍しいんじゃないだろうか。


「これは失礼。はじめまして、というべきだろう。僕はヒューズ」


 少年のような声だが、凄みのある響きだった。

 服装はどこか近代的だ。タキシードのような黒い服にマント。腕時計のような魔導具をつけているところ見るに、帝国の人間っぽいな。


「ヴリキャス人か」


 ヒューズの白い仮面は丸みを帯びており、顔面を全て覆っている。目元には大きく三日月形のスリットが入っており、そこから青い右目が覗いていた。


「俺のことを知っているようだな? 何者だ?」


「僕は帝国の使者なんだ。数日前からここに滞在している。あなたのことは女王から聞いたよ。ジェルド族が信奉する救世神だとね」


「信じるのか? そんな与太話?」


「僕は神の子の力を身をもって知っている。あの子がキミのことを父親だとはっきり言ったというじゃないか。それなら、信じないわけにはいかない」


「ふーん。随分物分かりがいいんだな」


「誉め言葉と受け取っておくよ」


 さわやかだな。

 俺の予想では、あの仮面の下は相当のイケメンと見た。

 そう考えると、沸々と怒りが湧いてくる。


「おっと。待ってくれ」


 俺の憤怒が伝わったのか、ヒューズは手を上げる。


「争う気はないんだ」


「そうか? このタイミングで出てきたってことは、俺達の邪魔をするつもりだって取られても仕方ないぜ?」


「かもしれないね。でも勘違いしないでくれ。僕はキミの味方……とは言わないまでも、決して敵ではないはずだよ」


「どういうことだ」


「キミは亜人連邦の使者らしいね。他国からの使者同士、仲良くできると思わないかい?」


「俺は帝国にあんまりいいイメージがなくてな。どうしても色眼鏡で見ちまう。てめぇがイケメンクソ野郎だってな」


「くっくっく。だったら、僕との出会いを機にその印象を払拭してもらえることを願うよ」


 なんだこいつ。

 ちょっと胡散臭いな。

 詐欺師という奴は大抵いい人ぶって近づいてくるものだ。


「俺の敵じゃないってんなら、ここを通してくれるんだろうな」


「もちろん。キミの馬が繋がれている場所にも案内しよう」


「……そいつは助かる」


 俺は剣を納め、オルタンシアの手を取った。


「行こうオルたそ」


「はい……!」


 だが、それを膝をついた刺客が制止する。


「聖母さまっ! 本当に行ってしまわれるのですか。愛娘を置いて」


 そんなことを言われ、オルタンシアはぎゅっと拳を握った。


「アナベルのことは、必ず迎えに来ます。種馬さまと一緒に」


「ああ。その通りだ」


 今は無理でも、いつかきっと救い出すさ。近いうちにな。

 アナベルに価値があるうちは、アルドリーゼも無茶なことはできないだろうし。


「こっちだよ。ロートス」


 走り出したヒューズを追いかける。


「聖母さま……」


 刺客のか弱い声が、俺達の背中に響いた。

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