今を生きる
「エストを倒せば、人の運命を縛り付ける変わり果てたマーテリアを解放できるって、そう思ってるのか?」
「……そうです」
アンは首肯した。
「身勝手な考えなのは分かっています。ですが、あーしの神であるマーテリアに、これ以上苦しんでほしくないのです」
「エストを消せばマーテリアはどうなる? 復活するのか? それともエストもろとも消滅するのか?」
「わかりません。その時がくるまでは」
まじかよ。
「エストがいなくなればファルトゥールが復活するぞ。それでもいいのか? それこそマーテリアの意思を無下にすることになるんじゃ?」
まぁ、そうならないように今もエンディオーネがファルトゥールと戦ってるわけだが。
「あーしはもう、この世界に未練はありません。マーテリアを解放さえすればいいのです」
「あとは野となれ山となれってか? そいつはちょっと無責任すぎやしないか」
「あーしは永く生き過ぎました。後のことは、今を生きる者達に任せます」
おいおい。
こいつはあれだな。
俺に全部押し付ける気じゃないか。
「俺を利用して、自分の目的をさっさと果たしてしまおうって魂胆か」
「否定はしません」
「潔いのは認めるよ。利害も一致してるし、別に不快ってわけじゃない。でも、やっぱりちょっとモヤっとするよな」
「……申し訳ありません」
「謝ることはないさ」
アンの言うことが真実だったら、他はなんでもいい。
「よしわかった。ちなみに、モンスターの大量発生は今の話と何か関係があったりするのか?」
「いえ、それに関しては定かではありません。モンスターは純粋な生命ではなく、変質した魔力から生まれた生物です。つまり、その由来はエンディオーネではなく、マーテリアということ。ですから、エストが障壁を張ろうとしていることと何か関連はあるかもしれません。予想するなら、他者を近づけさせないようにするため、とか」
「まあそれなら辻褄はあうか」
エストはよほど俺が怖いみたいだな。
「この山の頂上に、エストがいるのか?」
「はい。その娘がいれば、自然とエストの元へとたどり着けるでしょう」
アンがオルタンシアを見てそんなことを言う。
「やっぱり、オルたそは鍵なんだな」
「ええ。承知の上で連れてこられたと思っていましたが」
「なんとなくそうかなって感じで連れてきたんだよ。直感ってやつだ。どうにも俺の直感は当たるらしくてな」
それは〈妙なる祈り〉の効果か、はたまた操作された運命の影響か。
「自分が……鍵?」
久しぶりにオルタンシアが口を開いた。
「俺がオルたそを案内人に選んだのはそういう理由なんだよ。俺の自覚があったかなかったかとかは関係なくな」
「よく、わかりません」
「後でちゃんと説明するさ」
そういうわけで、俺とオルタンシアは城門をくぐって山の奥地へと進むこととなった。
「お気をつけて。ロートス様」
「ああ。サンキュな、アン」
城門が閉まっていく。
「ああ。そうだ、アン」
「はい」
「忘れるなよ。生まれたのがどんだけ昔でも、死んでない以上は、あんたも今を生きる者の一人だぜ」
城門が閉じた。
最後に見たアンの表情は、どことなく嬉しそうな、初めての微笑みだったような気がする。
柄にもなく説教じみたことを言っちまったな。
「行こう。オルたそ」
「はい。種馬さま」
そして俺達は、山頂へと向かうのだった。




