和名のままのやついる?
翌朝。目が覚めると、目の前にオルタンシアの寝顔があった。
見れば見るほど整った顔だ。中性的なあどけない顔立ちは、育ち切らない美の片鱗を垣間見せている。
俺の指が彼女の頬をなぞる。柔らかくきめ細かい褐色の肌は、とても心地よい感触だ。
褐色の肌といえばルーチェもそうだ。あいつの髪の毛は紫じゃなくて黒だけど。
帝国貴族のルーチェが、ジェルド族と関係あったりするのかな? いや、肌の色だけじゃなんともいえないか。
「暑い」
俺はもぞもぞと寝袋から出る。テントから外を覗くと、ギラついた太陽が大地を焼き付けていた。
だがここはオアシス。比較的涼しいし、なにより目の前には泉がある。
俺は早足で泉へと駆け寄ると、水際に腰を下ろす。
ポケットから念話灯を取り出し、エレノアに発信。
『もしもし? ロートス?』
即座にエレノアの声が聞こえた。まるで俺からの念話を待っていたかのような反応速度だ。
「おう。おはよう」
『おはよう。どうしたの? こんな朝早くから』
「いや……お前の声が聞きたくなってな」
何気なくそんなことを言ってしまう。
しばしの無言の後、エレノアはやっと返事をした。
『不意打ちね。なに? もしかして機嫌を取ろうとしてる?』
「いいや。嘘偽りのない本心だ」
『どうだか』
言葉とは裏腹に、声色は嬉しそうに弾んでいる。それを隠そうと我慢しているようだけど、バレバレだ。
「なぁエレノア。昨日のことなんだけどさ」
『あら? 帰ってきてからって話じゃなかった?』
「そうなんだけど、気になることがあってよ」
『何かしら?』
俺は深呼吸を一つ。
「前世の名前って、覚えてるか?」
『へ? ええ。覚えてるけど』
「教えてくれ」
『……どうしたの? 急にそんなこと聞くなんて』
「言ったろ。気になるって」
『教えてもいいけど。お返しにあなたの名前も教えてくれるわよね?』
「もちろんだ。俺は蓮。御厨蓮って名前だった」
『レン、ね。ふふ。いい名前じゃない』
エレノアの嬉しそうな声。なにやらご満悦のようだ。
泉に映った俺の顔は、深刻そうな感じだが。
『私の名前はね。佐野ひかりっていうの。もう十年以上も呼ばれてないけど』
なんてこった。
やっぱり予想は当たってたか。
「ひかり……」
『な、なに? その名前で呼ばれるとなんだか変な気分ね』
「なぁ。こんなことを聞くのはあれなんだけど、お前、どんな死に方をした?」
『ええ? なにそれ』
あからさまに怪訝な声。
「大切なことなんだ。教えてくれ」
『教えてくれって言われても……実はあんまり覚えてないのよね。交差点を歩いていたら、いつの間にかって感じで。あれ? もしかして私も転生トラックだったのかしら?』
決まりだな。
あの夢はただの夢じゃない。
なんらかの超パワーによって見た、特殊な夢だ。
神族会議とか『ツクヨミ』とかの精神世界に近いやつだろう。
「わかった。知りたいことは知れた。サンキュな」
『それならいいんだけど。それだけ? なんか腑に落ちないわね』
「できるだけ早く戻る。帰ったら説明するさ。ベッドの中でな」
『……あらそう。じゃ、じゃあ鼻を長くして待ってるわ』
「首な」
『んんっ。わざとだから』
と言いつつ、動揺しているのは丸わかりだった。
「エレノア。みんなを頼む。じゃあな」
『うん。バイバイ』
通話終了。
さて、十分な睡眠を取れたし、疑問も解けたし。
これで憂いなくグランオーリスに突入できるな。
早いとこセレンと会って、鍵かどうかを確かめないと。
どうやって確かめたらいいのかは、全然考えてないけどな。
なんとかなるだろう。為せば成るってやつだ。




