長く苦しい二人旅のはじまりなのだ
国境を越えてマッサ・ニャラブ共和国へ足を踏み入れる。
ここからはオルタンシアとの二人旅だ。どこかに守護隊がいるんだろうけど、それはカウントしなくていいだろう。
転生前の人生では、国境を越えることなんてなかった。パスポートも持っていなかったしな。日本から海外へ行く用事なんかまったくなかったことを考えると、今こうして違う国へ行くことはなかなかにスリリングなスペクタクル的出来事と言っても過言ではない。
「あの、種馬さま。こ、こちらを」
そう言ってオルタンシアに渡されたのは、フード付きのマントだった。動物の皮でできているようで、分厚く丈夫そうだ。
ん? そんなもの今まで持ってたっけ?
「砂漠なのにこんなのいるのか? 暑いだろ」
「すみません……でも、夜の砂漠はとても冷えますから、えっと……」
「ああ。なるほど。そういえば、なんかそんな話を聞いたことがあるわ」
昼は暑いけど、夜はめっちゃ冷えるって、テレビかなんかで見たことがある。漫画だったかな。どっちでもいいか。
〈妙なる祈り〉があれば体感温度なんかどうとでもできるのだが、せっかくの厚意を無下にするのは忍びない。オルタンシアからマントを受け取り、しっかりと身体に巻き付ける。
「それにしても、歩いていくのか? なんか、ラクダ的なやつを連れたりとか、そういうのはないのか?」
「も、申し訳ありません。自分、無知なので……その、ラクダというものを存じ上げません」
「ああ。いや、知らないならいいんだ。この世界にいるかもわからないしな」
馬がいるからラクダもいるかと勝手に思っていたが、そういうわけでもないのかな。
「荷物とか、どうするんだろうって思ってな」
オルタンシアはあからさまにほっとした表情になる。
「それならご安心ください。自分のスキルは『インベントリ』です。必要なものはすべて収納しています」
「まじか」
なるほどな。それでマントが忽然と現れたのか。
あれか。『アイテムボックス』みたいなやつか。いわゆる四次元ポッケ的な。
しかし、そうなると改めて帝国の魔導技術ってのはすごいな。スキルの完全な代替、再現をしていることになる。
ヴリキャス帝国にも、一度行ってみたい気もするぜ。
それはさておき。
国境を越えてからしばらくは、草原地帯が続いていたが、いつのまにか荒れた渓谷のような景色となっていた。
「けっこう勾配がきついな」
「はい。このあたりはジェルドの谷と呼ばれていまして……慣れない人がここを越えるのはとても困難なんです。モンスターもたくさんいますし」
「マッサ・ニャラブの軍はここを越えてきたんだろ? さぞ強いんだろうな」
「いえ、自分たちはこの土地に慣れているだけです。他の国の軍隊と比べてどうかは、わかりません」
そう言っても、足腰やメンタルの強さは凄まじいだろう。
足場が悪いうえに、視界も悪い。岩石に囲まれたり挟まれたりして迷路のようになったこの場所を踏破するのは骨が折れそうだ。
加えて、今は夜だ。クソスキル『ちょっとした光』を発動しているが、正直オルタンシアが持っている松明の方が明るいからほとんど意味を為していない。悲しい。




