サラ、帰還
「サラ……?」
俺は目をぱちくりさせてサラを見る。
「正直に話すのがいい場合もあれば、悪い場合もあるのです。今は悪い場合です。いいですかご主人様。その人は真実を聞きたいんじゃありません。自分の聞きたい言葉を求めてるんです。そうですよね?」
「いや……ええっと。そうかも」
エレノアも面食らっている。
「ね? ご主人様、複数の女性を愛するというなら、それくらいじゃないといけないのですよ。それが甲斐性だと思うのです」
まさか、サラにハーレムの主としての心構えを説かれるとは思っていなかった。しかも封印から目覚めていきなりって。絶句もやむなし。
「ちょ、ちょっと待って。そうじゃないわよ。私は嘘なんかついてほしくない」
当然の如く、エレノアはサラに抗議する。
「じゃあなんでご主人様の本心を認めないんですか?」
「それは……」
「自分が一番だって言って欲しいじゃないんですか?」
エレノアは答えない。
沈黙は肯定。そんな格言を聞いたことがある。
「ご主人様は一番が変わり続けるって仰いました。それって言い換えれば、まだ一番が確定していないってことなんです。一番になりたかったら、そういう振る舞いをすればいいだけなのです」
「それじゃ、ただの都合のいい女じゃない」
「ご主人様は」
サラが俺を見る。
「都合のいい女と悪い女、どっちが好きですか」
なんだその質問。
「そりゃ、都合のいい女の方だろ。というか、その二択じゃそうなるだろうよ」
「ですよね」
サラのネコミミがぴょこぴょこと動いている。
「都合の良い悪いっていうのを引き合いに出したのはものの例えです。ご主人様だって女だったら誰でもいいなんて思ってるわけじゃないと思います」
「あなたが何を言いたいのか分からないわ」
「何事も努力をした人が勝つってことです。してますか? 好かれる努力」
そこでエレノアは言葉に詰まった。
なんとなくサラがエレノアを言いくるめようとしているのは分かるけども、そもそも俺がはっきりしないのが悪いんじゃないのか?
いや、それは俺が現代日本的、あるいは王国的な恋愛観を持っているからなのかもしれない。
サラはマルデヒット族だ。
ウィッキーが言っていたが、マルデヒット族は魅力のある男はたくさんの妻を娶るのが一般的らしい。ライオンみたいな感じなのかな。
「ボクは一番になれなくても、ご主人様のお傍にいたいです。だから、ご主人様が一番好きな人以外を切り捨てるようなお考えじゃなくて本当によかったと思うのです」
「無欲なのね」
「何人いても、ご主人様は絶対に誰かを仲間外れにするようなお人じゃないですから」
この感じだよ。これぞサラだ。
いつもいつも俺を無条件に肯定してくれる。甘やかされていると言ってもいい。
従者でありながら、まるで聖母のような慈愛じゃないか。
「……ちょっと考えさせて」
エレノアはすっと体を離すと、俺の目をじっと見て深呼吸を一つ。足早に部屋を出て行ってしまった。
まじか。
次、どんな顔をしてあいつに会えばいいのかわからないな。
考えないようにしよう。
今はとにかく、サラが目覚めたことを喜ぼうじゃないか。
「ご主人様」
「おう」
「ボク。ほんの少しだけですけど、あの女神と繋がっていました。だから、今ご主人様がどんな状況にあるのか、ちゃんと分かってます」
「そうか」
「ご主人様は、とってもとっても頑張ってます。だから、すこしくらいワガママを言ってもいいと思うのです。悪いことをしているわけじゃないんですし」
ん。サラの感覚からそうなのかもな。
俺は壁から離れて、ベッドに近寄る。
「サラ」
ベッドの上に座るサラを抱きしめる。割れ物を扱うように優しく、けれど、溢れる想いを込めて。
「おかえり」
サラも俺をぎゅっと抱きしめ返してくれる。
多くの言葉は要らなかった。
サラを取り戻せた。
サラが帰ってきた。
その事実があればいい。
言葉を飾ることに意味はない。
「ご主人様」
サラが呟く。
「パンツ脱いだ方がいいですか?」
思わず噴き出してしまった。
相変わらずだな、サラは。
「いや」
けど、それでいい。
「俺がやろう」
今の俺は、サラを愛する覚悟ができているのだから。




